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第3回 ─ ブリル・ビルディングの青春

連載
鈴木惣一朗の貝がらラジオ
公開
2003/06/19   16:00
更新
2003/06/19   18:21
ソース
『bounce』 243号(2003/5/25)
テキスト
文/bounce編集部

アメリカン・ポップスの黄金時代を築いた夢工場〈ブリル・ビルディング〉。その甘酸っぱい響きは永遠の青春の如し!

ペッコリ45度、みなさんこんにちは。〈貝がらラジオ〉のお時間です。お相手はいつもどおり私、鈴木惣一朗がお送りします。さて3貝目のテーマは〈ブリル・ビルディング〉。まずは、そこにいたるまでの時代背景を簡単に説明しておきましょう。

50年代のアメリカで大量に作られたムード音楽を聴いていると、いわゆるスタンダード・ポップスのカヴァーを多く耳にします。同年代の後期になるとステレオ・オーディオ・システムが登場して、LPが普及しはじめるわけですが、そうすると曲がたくさん必要になってくるわけです。そんななかで、ドン・カーシュナーという人が音楽出版/制作のために、アルドン・ミュージックという会社を立ち上げます。それが58年。ちなみに僕が生まれたのが59年。60年くらいにビートルズが出てくるわけで、ぼくは自分が生まれた年をロックとポップスが生まれた年だと勝手に思いこんでます(笑)。で、アルドンをカーシュナーとともに支えたのが、スリー・サンズのギタリスト、アル・ネヴィンズ。これまでムード・ミュージックをやってた人が今度はポップ・ミュージックを作っていくわけですね。このヘンが旧モンド・ファン(笑)としてくすぐられるところなんですが、このアルドンを中心とした音楽出版社が集まっていたのがブリル・ビルディングという建物だったんです。そういった背景をドラマにした「グレイス・オブ・マイ・ハート」という映画もありましたね。ではまずそのサントラの中から、エルヴィス・コステロ&バート・バカラックで“God Give Me Strength”をお聴きください――♪

ブリル・ビルディングに入っていた音楽出版社と契約していた職業作家を〈ブリル・ビルディング系〉とするならば、バカラックはそこに入らないかもしれません。彼の楽曲はもっと複雑でクラシックやジャズの要素が強い。でもやはり彼も〈ブリル・ビルディング系作家〉がヒットを飛ばしていた時代を代表する作曲家ではないでしょうか。彼は洗練と野蛮が共存しているアーティストで、この両方を兼ね備えたアーティストほど強烈なものはありません。ポール・マッカートニー然り、細野晴臣然り。長嶋茂雄然り(笑)。バカラックもまた、ハーモニーの人でありながら、ロックを感じさせる野蛮さも持った人。そんな彼が“God Give Me Strength”に続いてコステロと組み、アルバム『Painted From Memory』を制作するのですが、本作は〈ヴォーカリスト〉コステロを味わううえで、最高の作品だと僕は思っています。ではそこから、アルバム・タイトル曲をお聴きください――♪

バカラックからコステロまでを担ぎ込んだ映画「グレイス・オブ・マイ・ハート」なんですが、興味深いのは、ヒロインの設定が、ブリル・ビルディングのソングライターだったキャロル・キングをモデルにしているところです。なぜ彼女なのか? ブリル・ビルディングが終焉に近付き、激動の60年代を迎える過度期に彼女の青春があったんです。ロック台頭とともにキャロルは一時期姿を消すんですが、70年代、シンガー・ソングライター時代にふたたび姿を現します。そういう意味で、彼女は50年代から70年代のシーンをナビゲートするにはうってつけの存在です。71年にドン・カーシュナーの弟子、ルー・アドラーがキャロルの新しい時代を告げる名作『Tapestry』(つづれおり)をプロデュース。これが職業作家がみずから歌うという、〈つづれおり現象〉を作っていきます。彼女の〈貴方もつづれおる?〉という問いかけに応えるように、バリー・マンは『Lay It All Out』を、エリー・グリニッチは『Let It Be Written, Let It Be Sung...』を発表します。キャロルは『Throughbred』までが〈つづれおり時代〉で、その後、スパッツを履いた〈フィジカル時代〉に突入しますが(笑)、まあ、それはさておき。ここでは〈つづれおり時代〉に発表した名作『Music』から、“Sweet Season”をどうぞ――♪

ブリル・ビルディングには、キャロルと並んでもうひとり有名な女性ライターがいました。それが先ほど名前が出たエリー・グリニッチという人。彼女はフィル・スペクターのお抱えソングライターというイメージが僕にはあるんですが、彼女もまた素晴らしいポップスをたくさん書きました。僕もあと10年早く生まれていたら彼らの音楽をラジオで聴き、夢いっぱいにすくすくと育っていたかもしれないと思うと残念です(笑)。では、そんな素晴らしいポップスのなかから、僕の大好きなエリー・グリニッチの曲で“I Can Hear Music”!――♪

さて、彼女が書いてティナ・ターナーが歌った“River Deep, Mountain High”という曲があるのですが、そこでスペクター・サウンドはいくところまでいったと思うんです。最後はもう騒音。エコー・オン・エコー・オン・エコー……っていうすごいアレンジなんです。まさにスペクター・サウンド最後の雄叫び(笑)。で、その雄叫びのエコーが時代を超え、国境を越えて大滝詠一というアーティストに辿り着くんですね。大滝さんがスペクターから学んだのはエコー・サウンドだけではなく、シンガー/アレンジャー/プロデューサーという役割分担のなかで作っていくサウンド・プロダクションでもありました。そして現在、そういったプロダクションでおもしろいことをやっているアーティストが冨田恵一くん。彼のアレンジした曲を聴くと、ジミー・ウェッブやバカラックが持っていたマエストロの匂いを感じてしまう、いまとっても気になるアーティストなんですが、では彼の冨田ラボ名義のアルバム『シップビルディング』から、松任谷由実さんが歌う“God bless you!”をお聴きください――♪

ユーミンさんは大滝さんと同じ時代、70年代にニューミュージックを作った人なんですが、彼女にとってアレンジャーであり、プロデューサーであり、夫である松任谷正隆さんはとても重要な存在で、ここにも僕はブリル・ビルディングの薫りを感じるんです。正隆さんには『夜の旅人 ENDLESS FLIGHT』という唯一のソロ作があるんですが、『シップビルディング』と非常にテイストが似ています。しかも、冨田くんは恐らくこのアルバムを知らないんじゃないか?と予測されるあたり、今度アルバムを貸してあげますよ、とこの場を借りて伝えたい。実はまだお会いしたことはなくて。この前、家の前まで行ったんですが、会えなかった(笑)。とにかく、ブリル・ビルディングはもうなくなったけど、中島美嘉やキリンジを手掛ける冨田くんの仕事を通じて、その精神は継承されているんですね――ということで、また来月!

鈴木惣一朗

WORLD STANDARDとして活動するかたわら、新バンド、RAMもスタート。エレクトロニカからルーツ音楽まで、幅広い音楽性を発揮する音楽家。メンバーとして活動しているNOAHLEWIS' MAHLON TAITSのリリースされたばかりの新作『SITTING ON BOTTOM OF THE WORLD』(nowgomix)は、戦前ブルースのカヴァーも含めたグッドタイムでニュータイプな作品だよ!!