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インタビュー

七尾旅人 『billion voices』

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2010年06月30日 18:01

ソース: bounce 322号 (2010年6月25日発行)

インタヴュー・文/岡村詩野

 

何も遮るもののない穏やかで清々しくて新しい風が、確実に吹いている。10年に渡る紆余曲折を乗り越えて10億の声を味方につけた彼の音楽に、もう迷いはない

 

 

もう何でもできそうだ

いまこそあえて言い切ろう。七尾旅人ほどチャーミングなポップスを書けるアーティストもいないと。チャーミングという言葉は、もしかすると子供っぽい印象を与えてしまうかもしれないし、これまでの彼の作品に触れてきた人は違和感を感じてしまうかもしれない。だが、約3年ぶりとなるニュー・アルバム『billion voices』は、カジュアルでキャッチーな感触を持ったポップ作品と呼んでもまったく抵抗がない。ここにはいままで七尾が封印してきたというポップスメイカーとしての素直な資質が溢れている。

「キャッチーでポップと言われるととても嬉しい。それがいまいちばん嬉しい言葉かもしれない。みんなを驚かせたい、わくわくさせたい、未知のものを見せたいっていう気持ちがずっとあるんです」。

10代でデビュー。どこにも自分の居場所を設けずに、それでも果敢に新たな価値観を提起するような彼の作品群は最初から高く評価されたが、その後メジャーを離れ、ストイックに制作へ没頭する日々を送った。イラク戦争を契機に宗教をテーマにした2枚組アルバムを作っていたものの結局発表するに至らず……という経験も乗り越えた。その末にリリースされたのが、60年代の月面着陸から〈9.11〉以降、50年間の近未来を描いた前作『911FANTASIA』。この3枚組のアルバムがあまりにも強烈な印象を残したのは否めない。だが、「ポップスっぽい曲はすべてお蔵に入れていた」という10代、20代を過ごし、主に2000年代において「負荷の高いこと、キツいこと」をアーティストとしての自分に与えてきた七尾旅人にとって、それは次の扉を開けるための必然だったのだろう。それはまるで長いトンネルを抜けるための作業だったのかもしれない。

「あのアルバムを作ってから、ちょっと肩の荷が下りたところがあって。10代、20代の頃は、〈もっと自分を高めないと〉という強迫観念みたいなものもあったし、90年代って名盤の百花繚乱だったから、そのなかで自分に何ができるだろう? 同じことをやっても先輩たちに恩を返すことにもならないしなって思っていたんですよね。でも、『911FANTASIA』を出したら、人生で初めてちょっと空っぽに近い感じになってラクになった。〈あ、もう何でもできそうだ〉って。そこで思ったのは、もっと身軽に曲を書いてもいいかもしれないなってことなんです。こういうのがライヴで1曲あってもいいな、いっしょに盛り上がれる曲があればいいな、みたいなね。今回のアルバムにはそうやって書いた曲が結果として結構入ってますね」。

 

みんなの思いが詰まった幸運なアルバム

20代で一定の成功を収めていたらいま見えている景色が一切見えていなかったかもしれない——七尾はそう断言する。いまはアコギ片手に日々全国を回り、灰野敬二や山本精一、内橋和久、そしてヒップホップ/クラブ系の猛者たちと即興で共演することも多い。また〈DIY STARS〉という自主配信システムも立ち上げ、自在に作品をリスナーに届けている。そんな、言わばフィジカルで風通しの良いスタンスは、昨年発表されたやけのはらとのコラボレーション・シングル“Rollin' Rollin'”(新作にも収録)の軽やかな仕上がりにも表れているだろう。他にもSalyu、千住宗臣、石橋英子、ワッツーシゾンビ、DORIANらが参加し、ZAKやAxSxEらが録音やミックスを手掛けた『billion voices』は、どの曲にも不思議とオプティミスティックなまでに開放的な空気が流れている。リズム、展開、手法といったスタイルはさまざまだが、どれも決して閉じていない。〈10億の声〉というアルバム・タイトルは、誰もが自由に声をあげ、誰もがそれを享受できるオープンな時代の到来を告げているかのようだ。ネット検索などでは見つからない真実の追求を歌詞に落とした“検索少年”は、そんな時代に向き合う七尾だからこそ生まれた現代社会への警告ソングであり、ラヴソングでもある。

「いまはいろんな声が顕在化してきた時代だと思うんです。ネット・メディアの興隆によってさまざまな人の何億もの歌が世界中を行き来するためのインフラが整いつつある。それはポップ・カルチャーにとって新しい季節だなと思えるんですよね。僕はそういう時代をなるべく肯定的に捉えて楽しみたいし、そこから何か新しいものを作り出したい。実際、知らない国の知らないおじさんの歌に影響を受けたりもしましたからね(笑)」。

筆者はデビュー当時にも彼に取材で会っているが、その頃の取りつく島もないほど閉塞した雰囲気は、もう微塵もない。よく話し、よく笑い、懸命に自分を理解してもらおうと心を開いている。家庭を持ち、生活の一歩一歩を踏みしめる、そんな現在30歳の一人の男性の素直な横顔がそのまま作品に反映されているのだろう。

「いまは情念に駆られて作ってる感じじゃないんですよね。それに、独力で作っているわけでもない。家族とか仲間に支えられながら活動しています。〈本当のポップスって何だろう? いまを生きるみんなが本心から笑えていないのは何が原因なんだ?〉ってことをずっと考え続けるうちに過剰なフォルムを持った盤を作ったこともありましたが、今回は自分の独自性を捨てることなく、すごく聴きやすい作品に出来たと思ってます。ぜひ初めての方にも手に取っていただきたいですね。これは僕だけでなくみんなの思いが詰まった幸運なアルバムだと思っています。次はもっと良くなるだろうって実感もしていますよ。ご期待ください」。

 

▼『billion voices』に参加したアーティストの作品を紹介。

左から、Salyuの2010年作『MAIDEN VOYAGE』(トイズファクトリー)、千住宗臣を擁するウリチパン郡の2008年作『ジャイアント・クラブ』(AKICHI)、石橋英子の2008年作『Drifting Devil』(Perfect)、ワッツーシゾンビの2009年作『WE ARE THE WORLD!!!』(ROSE)

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