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往年のドイツの名ヴァイオリニスト、ゲオルグ・クーレンカンプの遺産が廉価BOXに!

カテゴリ : ニューリリース | タグ : ボックスセット(クラシック)

掲載: 2017年11月15日 00:00

クーレンカンプBOX

往年のドイツの名ヴァイオリニスト、ゲオルグ・クーレンカンプ(1898~1948)は、戦前、フルトヴェングラー、ベーム、カラヤンなどと同様にナチス・ドイツに留まって演奏活動を行い、ことにシューマンのヴァイオリン協奏曲の世界初演、世界初録音は有名です。しかし、ナチスの文化政策に迎合していた訳ではなく、1935年にはユダヤ人作曲家メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏、録音したほどの「意思の人」でした。また、ドイツの伝統的なヴァイオリン奏法の時代遅れとなった部分を正し、欧州各地の奏法を統合して、合理的な奏法を編み出した名教師でもありました。こうした合理的奏法の追究が、バッハから現代音楽に至る自らの極めて幅広いレパートリーの構築にも役立ちました。

ここには、ライヴ録音や放送録音を含む彼の貴重な録音が収められています。初めてこの名手の録音に接する方には真っ先におすすめしたいBOXです。また、現在入手しにくくなった音源も含んでいますので、ヴェテランのファンの方にも、コストパフォーマンスのよいBOXと感じていただけるものと思います。

下記にはクーレンカンプのバイオグラフィを掲載しました。文中の太字の曲目は、今回のBOXに含まれている曲目となります。ご購入の参考にしていただければ幸いです。
(タワーレコード)

ゲオルグ・クーレンカンプ
―19世紀の演奏伝統と20世紀の新しい演奏様式の懸け橋となったヴァイオリニスト―

アルヴィン・ゲオルグ・クーレンカンプ=ポストは1898年1月23日、ドイツ、ブレーメンの裕福な貿易商の家に生まれた。1904年、6歳のときからブレーメンのコンサートマスター、ハンス・コルクマイヤーにヴァイオリンを学び、1909年からはヨーゼフ・ヨアヒムの弟子で指揮者でもあるエルンスト・ヴェンデルにヴァイオリンだけでなく音楽全般についての教育を受けた。両親からストラディヴァリウス・エクス・ナドーを買い与えられたのもこの頃である。1912年からはベルリン高等音楽院に入学し、ヨアヒムの弟子のヴィリー・ヘスに師事。しかし第一次世界大戦が勃発すると彼はブレーメンに戻り、1916~19年、師コルクマイヤーの後継者としてブレーメン・フィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。このオーケストラの指揮者は師のヴェンデルだった。1917年3月15日、ヴェンデル指揮ベルリン・フィルハーモニーの演奏会でデビュー。曲目はブルッフのスコットランド幻想曲。この頃は、まだゲオルグ・クーレンカンプ=ポストと名乗っていた。(1)
1919年、彼はブレーメンを離れベルリンに移った。そして、ヴァイオリンのカール・フレッシュ、ブロニスワフ・フーベルマン、チェロのパブロ・カザルスらと知己を得、とくにフレッシュからヴァイオリン奏法について大きな影響を受けた。クーレンカンプの弟子、福井直弘氏は以下のように記している。
「師の言によればヨアヒムの奏法は、ヴァイオリンを弾く上で無理があり、それをそのまま教えるヘスに技術の上で疑い持ったそうである。その結果はその無理を克服するために自己で研究し、多くの人々の助言とフレッシュからの啓示によって、ヨアヒムからの伝統に傷を付ける事なく更に高い音楽的完成度を得る事に成功した」(2)
 ソリストとして活動を開始したクーレンカンプは1944年までベルリン・フィルに30回以上も出演(1)。古典から同時代音楽まで幅広いレパートリーを誇った彼は、クレツキ、ケンプ、ガル、ヘラー、フルーリーの協奏曲を初演している。また室内楽奏者としてはピアニストのヴィルヘルム・ケンプやエトヴィン・フィッシャー、ジークフリート・シュルツェとの二重奏を行い、1935年には当時ヨーロッパ随一と言われたフィッシャー、エンリコ・マイナルディとの三重奏団を、1939年にはベルリン・フィルの奏者たちと四重奏団を結成した。忙しい演奏活動と併行して後進の指導にもあたり、1923~26年、及び1931~43年には母校ベルリン高等音楽院の教授を務めた。
 1933年、ドイツでナチスが政権をとると、友人のブロニスワフ・フーベルマンとカール・フレッシュはユダヤ人であったためドイツを去り、ベルリン高等音楽院で同僚だったドイツ人のアドルフ・ブッシュもナチスの政策に抗議して祖国を離れた。ベルリンを活動の拠点としていた大ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラー、ベルリン・フィルのコンサートマスターのシモン・ゴールドベルクもドイツを去り、ドイツに残った名手はクーレンカンプただ一人という状態になった。当時ナチスは文化面でもドイツ民族の優秀性を示そうとしていたため、クーレンカンプは指揮者のフルトヴェングラーとともにナチスの至宝的芸術家に祭り上げられた。そのことを全世界に印象付けたのが1937年のシューマンのヴァイオリン協奏曲の世界初演である。
 シューマンの生前、演奏されることなく友人ヨアヒムの下で封印されていた同曲スコアは、ヨアヒム没後の1907年にプロイセン国立図書館に寄贈されていた。そのスコアの存在が1935年に明らかになり、1937年6月にはマインツのショット社がスコアを出版した。ヨアヒムを大おじにもつハンガリーの女性ヴァイオリニスト、イェリー・ダラーニがロンドンでの初演を、ユーディ・メニューインがサンフランシスコでの初演を希望したが、ドイツ政府が横槍を入れ1937年11月26日、クーレンカンプとカール・ベーム指揮ベルリン・フィルが世界初演を行うこととなった(3)。演奏会場はベルリン・ドイツ・オペラ、ゲッベルス宣伝相支配下の帝国文化院会議での初演であり(1)、その模様は短波放送により全世界に放送された(4)ので、結果的にクーレンカンプはナチス・ドイツのプロパガンダに利用されたのである。
 しかし、他の事実はクーレンカンプがナチス・ドイツの文化政策に公然と逆らっていたことを示している。例えば1935年3月11日にはマックス・フィードラー指揮ベルリン・フィルとユダヤ人作曲家、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏(1)。4月4日には指揮者を代えて録音まで行っている。
 「ナチスは烈火の如く怒ったが、師が国外移住をほのめかすとナチスといえども妨害できなかった。演奏は堂々と行われ、レコードもメンデルスゾーンの名前入りでドイツ国内に於いて発売された」(2)
 また、1936年6月25日録音のベートーヴェンの協奏曲ではユダヤ人ヴァイオリニストのクライスラーのカデンツァを、1937年6月21日録音のブラームスの協奏曲ではやはりユダヤ人のヨアヒムのカデンツァを演奏、録音している。クーレンカンプ自身「これらユダヤ人のものを除いて、何を弾けというのだ」(5)と語っていたという。
 「師は自分がナチスに利用されている事を良く知っていた。それを承知で演奏を通じたレジスタンスを行ったのである。これ程に強い信念の人を私は他に知らない。(略)そしてそんな環境の中で師の芸風はますますアポロ的に高揚してゆくのであった」(2)
 1944年クーレンカンプはスイスに移住し、カール・フレッシュの後継者としてルツェルン音楽院の教授となり、ルツェルンを拠点として演奏活動を行った。1948年7月にはゲオルグ・ショルティのピアノで生涯最後の録音、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタブラームスのソナタ第3番を録音。9月22日にはバッハの無伴奏ヴァイオリンのリサイタルを開催したが、その直後の10月4日に急逝。死因は渡辺護氏によると脊髄小児麻痺(6)、エッゲブレヒトによると急性脳膜炎とのことである(7)。ナチス・ドイツのユダヤ人政策、第2次大戦での若い世代の大きな犠牲、それにクーレンカンプの急逝が重なり、ドイツは1980年代にアンネ=ゾフィー・ムター、フランク・ペーター・ツィンマーマン、クリスティアン・テツラフらが登場するまで、国際的なヴァイオリニストの払底を余儀なくされたのだった。
 無二の親友エトヴィン・フィッシャーは告別の辞で次のように述べた。
 「明確さへの欲求が君の最後の3年間に最高の完成美をあてたのである。君のバッハや君のベートーヴェンがいかに変化したか、それは我々すべての驚きであり、喜びであった。最高の目標へ無糧のこの行進は君をオリンピアの高さに導いた。しかしそこにまた、悲劇的な運命の危険が最も近いところでもあったのだ」(6)

タワーレコード商品本部 板倉重雄

参考文献
(1)EINHUNDERT JAHRE BERLINER PHILHARMONISCHES ORCHESTER(VERLEGT BEI HANS SCHNEIDER・TUTZING,1982)
(2)師クーレンカンプの想い出 福井直弘(ARTISCO C440016-17[LP]ライナーノーツ)
(3)二十世紀の名ヴァイオリニスト ハルトナック/松本道介訳(白水社)
(4)名曲決定盤 あらえびす(中公文庫)
(5)クーレンカンプ 福井直弘(名曲と名演奏 ヴァイオリン 音楽之友社)
(6)クーレンカンプの生涯と芸術 渡辺護(Telefunken TYX4-1[LP]ライナーノーツ)
(7)ヴァイオリンの巨匠たち エッゲブレヒト/シュヴァルツァー節子訳(アルファベータ)

ゲオルグ・クーレンカンプ

『ゲオルク・クーレンカンプ(Vln)名演奏集』

※ 下記曲目リストでは、メーカーインフォの誤りを直してあります。また、それぞれの音源の出所も掲載しました。
(タワーレコード)

【曲目】
[Disc. 1]
シューマン:ヴァイオリン協奏曲
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲Op.77
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1937年録音、1936年録音(独テレフンケン原盤)

ベートーヴェン:ロマンス第1番
アルトゥール・ローター指揮、シュターツカペレ・ベルリン
1939年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 2]
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲Op.47
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1943年録音(ライヴ録音)

レーガー:無伴奏ヴァイオリンソナタOp.91-1
1936年録音(独テレフンケン原盤)

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲Op.64
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1935年録音(独テレフンケン原盤)

シューマン:12の連弾曲集Op.85より「夕べの歌」
フランツ・ルップ(pf)
1935年録音(独テレフンケン原盤)

J.S.バッハ(ウィルヘルミ編):G線上のアリア
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1935年録音(独テレフンケン原盤)

ベートーヴェン:ロマンス第2番
パウル・クレツキ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1932年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 3]
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲Op.35(アウアー版使用)
アルトゥール・ローター指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
1939年録音(独テレフンケン原盤)

ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲Op.53
オイゲン・ヨッフム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1941年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 4]
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲Op61
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1936年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 5]
グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲Op.82
トール・マン指揮、スウェーデン放送交響楽団
1948年録音(ライヴ録音)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
ヨーゼフ・カイルベルト指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1941年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 6]
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番K.219
アルトゥール・ローター指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
1939年録音(独テレフンケン原盤)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第7番K.271i
アルトゥール・ローター指揮、ベルリン放送交響楽団
1943年録音(放送録音)

アダージョK.261
アルトゥール・ローター指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1936年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 7]
モーツァルト:ヴァイオリンソナタK.454
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」
ゲオルク・ショルティ(pf)
1947年、1948年録音(英デッカ原盤)

[Disc. 8]
ブラームス:ヴァイオリンソナタ全曲
ゲオルク・ショルティ(pf)
1947年、1948年録音(英デッカ原盤)

[Disc. 9]
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲Op.102
エンリコ・マイナルディ(Vc)
カール・シューリヒト指揮、スイス・ロマンド管弦楽団
1947年録音(英デッカ原盤)

シュポア:ヴァイオリン協奏曲第8番「劇唱の形式で」
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1935年録音(独テレフンケン原盤)

[Disc. 10]
リヒャルト・フルーリー(1896-1967):ヴァイリオン協奏曲第3番
クルト・ローテンビューラー指揮、ベルン・スタジオ管弦楽団
1946年録音(放送録音)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
カール・シューリヒト指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
1947年録音(英デッカ原盤)