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「レゾナンス」~ホロヴィッツ・トリビュート/長富 彩

長富彩

生き生きとした粒立ちよいソノリティ。細部まで明晰で深く濃密な音楽。
長富の音楽性を更に高く飛翔させた、銘器“ホロヴィッツ・ピアノ”との出逢い。

20世紀最大のピアノの巨匠のひとり、ウラディミール・ホロヴィッツ(1903 - 1989)。ウクライナのユダヤの家系に生まれたホロヴィッツは、1928年に劇的なアメリカ・デビューを果たして、圧倒的な人気を誇るピアニストとなる。「悪魔的」と形容されるほどの大きな感動を呼び起こす彼の演奏を支えるのは、最弱音から最強音まで完璧にコントロールされた強弱法と、独特のタッチとペダリングで生み出される色彩豊かなトーンであった。爆音ピアニストのように言われることが少なくないが、実際には、ホールの一番後ろでも美しく聴こえる最弱音にこそホロヴィッツの特徴があり、それゆえCDでは実際の演奏の魅力を伝えることが難しいと言われてきた。タカギクラヴィアの高木裕社長は、ニューヨークのスタインウェイ社で、ホロヴィッツの専属調律師を勤めていたフランツ・モア氏から、ホロヴィッツの「音の秘密」が、独特の調整が施された特別の楽器にあることを知らされた。

長富彩が生まれたとき(1986年)、ホロヴィッツは既に最晩年。ホロヴィッツを生で聴くことはなかった長富だが、ピアニストになることを意識するようになった頃、録音でのみ接することの出来るホロヴィッツを長富は何故か好きになれずにいた。

転機は急に訪れる。「ホロヴィッツが恋したピアノ」といわれ、彼がコンサートで使い続けたニューヨーク・スタインウェイのピアノ(製造番号CD75)が、タカギクラヴィア社の所蔵となったのだ。長富の演奏活動を楽器の面からサポートを続けてきたのが同社社長の高木裕氏であった、というのも運命的だ。約1年間の徹底的なメンテナンスを施されたCD75の「お披露目コンサート」(ピアノ:江口玲、2012年6月19日浜離宮朝日ホール)を聴いた長富は、圧倒的な感銘を受け、当時陥っていたスランプを脱する大きなきっかけになった。そして、自分もこのピアノで演奏をしたい、と強く願うようになった。ホロヴィッツを避け続けてきた長富の迷いが消え、オープンな心でホロヴィッツに接することが出来るようなったのだ。

録音に向けて定期的にタカギクラヴィア社でCD75を使ってのリハーサルに取り組んでいる長富は、この特別な楽器からさまざまなことを学ぶことが出来るという。ホロヴィッツの愛想曲を中心に集めたこのアルバムは、ホロヴィッツに挑戦するものでも真似するものでもなく、CD75との邂逅を糧に、自身の音楽性を更に高く飛翔させ、正に進化・深化をとげる真只中にいるアーティスト、長富彩の「現在」を生々しく表現するものだ。

【収録曲】
Chopin ポロネーズ第6番 変イ長調「英雄」  Op.53
Chopin 幻想即興曲 嬰ハ短調 (遺作)
Chopin  革命のエチュード
Scarlatti ソナタ ホ長調K.380(L.23)/ ソナタ ロ短調K.87(L.33) Rachmaninoff  絵画的練習曲《音の絵》
Op.33第2曲ハ長調/Op.33第7曲 変ホ長調/       Op.39第6曲イ短調/Op.39第9曲 ニ長調
Rachmaninoff  ヴォカリーズ(Earl Wild編)
Scriabin エチュード嬰ニ短調op.8-12
Scriabin エチュード嬰ハ短調op.2-1(3つの小品から)
Scriabin 詩曲「焔に向かって」 作品72
Liszt コンソレーション No3
【演奏】
長富彩
【録音】
2012年10月21日~24日 岡崎シビックセンター

“長富の音楽性を更に高く飛翔させた、銘器CD75との出逢い”広瀬大介氏(音楽学・音楽評論)

世の中には、モノとしての性能を極限まで突き詰めるため、手間暇や費用を惜しまずに最高の状態に整えられた、ただの道具といった次元を遙かに超えた「銘器」が多々存在する。たとえば、車の世界では、より速く安定した走りを実現するために、職人が腕によりをかけた、微細なチューニングが施された最高級車が存在する。そのような銘器は、コントロールするひとの僅かなさじ加減を感じ取り、その僅かな違いに応えようとする。指揮者カルロス・クライバーは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめて指揮する際、その超一流の演奏能力をロールスロイスの運転に喩えたという。指揮者のわずかな仕草に敏感に反応する超一流オーケストラも、まとまったひとつの楽曲を奏でるという意味ではひとつの大きな楽器といえるだろう。
もちろん、個々の楽器の世界にも、このロールスロイスやベルリン・フィルに匹敵するような銘器が存在する。ウラディミール・ホロヴィッツが、自身の専用楽器として演奏していたニューヨーク・スタインウェイCD75。この楽器が類い希な銘器であることは、ピアノ音楽をこよなく愛する人の間ではつとに知られている。CD75がタカギクラヴィアの手に渡ったことで、”御年100歳”を迎えるこの楽器は、新たな息吹を与えられ、かつてのような素晴らしい音を再び響かせるに至った。
そして、この世界最高峰とも謳われる銘器CD75に、若きピアニスト長富彩が挑む。そう、それはまさに「挑む」という表現が相応しかろう。どんなピアニストといえども、まずはこの銘器がどんな音で鳴るのかを聴き、どうコントロールするべきかを探らねばならない。そして普通の楽器では考えられないほどの音量の幅、音色の豊かさといった諸要素を、どのように曲の中に生かしていくかを考え抜かねばならない。まさにプロにしかコントロールできない楽器である。
楽器が持つ音色をもとに長富が施した独自の解釈は、人口に膾炙した曲であればあるほどわかりやすいだろう。ショパンの《幻想即興曲》を一聴して気がつくのは、まさに「珠を転がすような」という形容がピッタリな、ひとつひとつの音の粒立ち。普通のピアノであればここまで俊敏な音の反応は得られまい。この音の煌めきを聴かせるために、ペダルの使用を最小限にとどめているところに、ピアニストの卓越したセンスが光る。《英雄ポロネーズ》の冒頭など、楽譜に書かれたスタッカートとレガートの関係性をここまで明瞭に弾き分けた録音は決して多くない。そしてそれをはっきりと聴き取ることを可能にした楽器の素晴らしさが際立つ。
倍音の響きの豊かさ、その響きの美しさを聴くならば、スケールの大きなスクリャービンの《練習曲》嬰ニ短調作品8-12が良い例となろう。この曲は情熱的に、一気呵成に弾かれることも多いが、長富はその轍を踏まず、落ち着いたテンポで楽器を鳴らしきる。オクターヴの連なりが、この楽器特有の複雑な、そして高貴さすら感じさせるような倍音の乱反射を増幅させる。この楽器をこのように響かせるには、このテンポでなくてはならないだろう。この楽器に出会わなければ、そしてその可能性を試した上でなくては、こういう解釈をピアニストは採らなかったのではなかろうか。
ホロヴィッツの銘器を用い、ホロヴィッツの愛奏曲を弾く。だが、この企画は長富彩という、将来への限りない可能性をもったピアニストによって、新たなオリジナリティを獲得した。この銘器との出逢いによって、長富彩が大空へと高く飛翔するような、雄大な音楽性を真に自分のものとする日はすぐそこまで迫っている。
[資料提供;日本コロムビア(株)]

カテゴリ : ニューリリース

掲載: 2012年12月19日 10:44

更新: 2012年12月19日 11:30