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告白

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公開
2010/12/28   19:16
更新
2011/01/06   14:26
ソース
intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)
テキスト
text:村尾泰郎

ミステリーという枠を越えた衝撃的な〈罪と罰〉の物語

〈告白〉という言葉には、思わず息を詰めてしまいそうなスリリングな響きがある。その背後に隠れている秘密、それが身の毛もよだつほど恐ろしいものなのか、背徳的で甘美なものなのか、あるいは、あまりに悲しく切ないものなのか。告白される側は、ただその予感におののいて、じっと耳を傾けることしかできない。そして、語り手に話しかけることもできず、こちらがひたすら耳を傾けるしかない小説や映画は、告白を聞くにはぴったりの形式なのかもしれない。

映画『告白』は、09年に本屋大賞を受賞した湊かなえのミステリー小説を映画化したもの。監督を務めたのは『下妻物語』『嫌われ松子の一生』の中島哲也だ。物語はある中学校の終業式の日から始まる。1年B組の生徒達は好き勝手に話をして、誰も担任の女性教師の話を聞こうとしない。携帯に熱中する生徒や、友達との会話に夢中な生徒、屋上では教室を抜けだした生徒たちがイジメにいそしんでいたり。圧倒的にコミュニケーションが断絶したなか、それでも教師は喋り続け、やがて彼女は衝撃の告白をする。それは、彼女の幼い娘がクラスの生徒に殺された、という恐ろしい内容だった──。

女教師、森口を演じるのは松たか子。彼女は監督が強く希望したキャスティングだったらしい。騒がしい生徒たちにまったく反応せず、淡々と喋りながら衝撃の告白をする一方で、時折、爆発しそうになる感情を押し殺す。そうした難しい役柄を、松たか子はしっかりと受け止めて監督の演出に応えている。この森口の告白を通じて、彼女の娘を殺した二人の少年は早々と明らかになるのだが、そこからの展開がさらにすごい。

告白の後に森口は学校を去り、生徒達は森口の告白を自分達だけの秘密にして封印してしまう。二人の犯人のうちの一人、直樹は森口のある復讐によって精神のバランスを崩して不登校になり、もう一人の犯人、修哉は通学を続けているが、クラスメイトからイジメというかたちで〈社会的制裁〉を受けている。そして、そこに熱血新任教師、ウェルテルがやって来る。新しい様相を見せ始めたクラスの様子を、今度は女生徒の美月が森口へのメッセージとして告白していく。そんな風に、登場人物の告白によって章立てされていて、犯人の少年や少年の家族など、様々な視線が交差するなかで事件の奥行きが立体的に見えてくるという、いうなれば〈藪の中〉的な構成になっているのが本作の巧みなところ。そして、それぞれの告白を通じて、監督は告白者の心の奥で渦を巻いている激しい情念を、力強い演出で浮かび上がらせていく。

事件の背景にある様々な人間関係が描かれていくなかで、印象的なのが母と子の関係だ。娘を失った森口と呼応するように、犯人の少年たちと母親の関係も悲劇的だ。突然、家に閉じこもってしまった息子、直樹の変化に戸惑い、追い詰められていく母。彼女は息子の闇を理解しようとすることもなく、息子と心中するという自己完結的な解決方法しか思いつかない。そんな母親役を木村佳乃が演じていて、これまでの彼女のクールなイメージを裏切るような、泣き叫ぶ激しい演技に驚かされる。そして、母親に捨てられたことが心の傷になって、誰とも関係を結べない修哉。自分の命を〈軽い〉と考え、他人の命も尊重できない修哉に、大人たちは一体どうやって命の重さを伝えるのか。映画のラストでは、そこに恐るべき方法を提示している。

こうした10代の子供達の心の闇を大人の監督が描きながらも嘘っぽくならないのは、監督が子供達をありのままに受け入れるようとしたからだろう。監督は子供達と2か月間みっちりとリハーサルを重ねて信頼関係を築き、脚本に対する子供達の反応に耳を傾けた。そうすることで、イジメはよくないとか、生命は大切だとか、そういう実感のない常識を物差しにして物語るのではなく、事件に対する子供達のリアルな反応を演出に盛り込んでいった。またヴィジュアル面では、これまでの色鮮やかで情報量の多い映像からシンプルで硬質な映像へと変化。そのシャープな映像からは緊迫した閉塞感が伝わってくる。同時に監督らしい作り込んだ映像や演出は健在で、ヴィジュアルを重視する監督の多くが物語を置き去りにするなか、映像に負けない濃度の物語を生み出す中島監督の映像作家としてのパワーには驚かされる。

これまで監督が手掛けた過去の作品同様に、本作で描かれているのも、何かと激しく葛藤している人間だ。答えを出せずもがいている人間を見つめる監督の眼差しは、毒を含みながらもどこか温かい。そして、主題歌に選ばれたのはレデイオヘッド「Last Flowers」。彼らの歌が日本映画の主題歌に選ばれたのは初めてだが、まるで祈りのような美しいバラードが胸を打つ。ともあれ、様々な映像的ギミックや、時にはダンス・シーンまで盛り込んで、〈罪と罰〉という重いテーマ、突き詰めた『告白』は、ダークだけどパワフルで生命力に満ちた問題作だ。もしかしたら本作は、人間という不可解な生き物に対する監督の愛情告白なのかもしれない。

『告白』
監督・脚本:中島哲也
原作:湊かなえ「告白」(双葉社刊)
主題歌:Radiohead「Last Flowers」
出演:松たか子/岡田将生/木村佳乃
©2010「告白」製作委員会