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Antony and the Johnsons

公開
2010/11/16   19:43
更新
2010/11/16   19:57
ソース
intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)
テキスト
text : 五十嵐正

今年2月に舞踏家の大野慶人と共演した日本公演も大いに話題を呼んだアントニーのザ・ジョンソンズとのニュー・アルバム『スワンライツ』が届いた。その慶人氏の父である大野一雄の写真をカヴァーに用いた『クライング・ライト』から2年ぶりの新作となる。実のところ収録曲はその前作と同時期に書かれたものらしいが、かなり異なった表情を見せる作品となっている。

その『クライング・ライト』は死にゆく地球に捧ぐ哀歌だったし、05年の『アイ・アム・バード・ナウ』はトランスジェンダーの変化の軌跡を追うもので、どちらも全体を通しての統一された主題が明確だったが、今回はそういったアルバムではないようだ。「あらゆるものが新しい」という一行をマントラのように繰り返す《エヴリシング・イズ・ニュー》で始まり、フィナーレの7分に及ぶ《クリスティーナズ・ファーム》で再びその一行が登場するという緩い括りはあるし、隣り合う曲は重なるようにつながって、アルバムは流れるように進行していくが、前作の抑制されたトーンと比べれば、あまりかっちりしておらず、アントニーの歌唱にも感情の起伏がもっと生々しく、時に衝動的に表れるアルバムとなっている。

曲名を見るだけでも、《アイム・イン・ラヴ》とか、先行発売されたEPの表題曲でもあった《サンキュー・フォー・ユア・ラヴ》といった直接的な題名の曲の存在に驚かされるが、後者はホーンセクションの伴奏で、アントニーが敬愛するオーティス・レディングになりきったような彼流ソウルで、後半にテンポがアップして《サンキュー》を連呼する構成もオーティスの曲を意識したようだ。

前作に引き続き、編曲には今やすっかり売れっ子になったニコ・ミューリーが参加し、ロンドン交響楽団とデンマーク国立室内管弦楽団がそれぞれ参加した2曲では共作者としても名を連ねている。またダヴマンことトーマス・バートレットも《ゴースト》でのマイケル・ナイマンのようなピアノなどで貢献している。

表題の〈スワンライツ〉(白鳥の光)の意味は、アントニーによれば「夜の水面に映る光のこと。魂が肉体から飛び出て、幽霊に変わる瞬間だ」という。生と死、死すべき運命、死後の魂などはこれまでにも扱われてきた主題だが、〈水面に映る光〉という常に揺れてきらめく光のイメージは彼の音楽をうまく象徴しているかもしれない。

アントニーの音楽は非常に巧みに構築されている一方で、その構成要素にはアントニーの中性的な美しい声のヴィブラートや歌を支える伴奏というよりは歌と一緒に何
かを探すようにメロディーを紡ぐ彼のピアノ演奏がそうであるように、〈震え〉や〈揺れ〉がある。その優美なチェンバー・ポップ・サウンドは常に何かを訴えるように震えているのだ。それはアントニーが表現する感情の震えを映し出しているわけだが、本作はその震えがこれまでのアルバムよりもずっと大きく、聴き手の僕らの感情も強く共振させる。