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沈まぬ太陽

カテゴリ
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公開
2010/06/10   11:00
ソース
intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)
テキスト
TEXT:本村好弘

未開の地に留まる夕陽は永遠である。

累計六百万部を超える、人気作家・山崎豊子の同名小説の映画化作品。実在した人物のモチーフと、ジャンボ機墜事故の史実を踏まえた小説だけに映像化は困難とされた。それ故、メッセージ色の強い作品として現在の航空会社の経営不振の状況と併せて、企業正義を問う作品の様に、公開当時、マスコミに取り上げられもした。

昭和30年代、敗戦処理が終わり高度成長へと向かう日本。主人公・恩地(渡辺謙)は、政府が出資する国民航空で労組委員長を務めている。労使交渉で労働環境の改善を勝ち取った恩地に対し会社側は、海外赴任を命ずる。それは労組幹部への左遷人事だったのだ。パキスタン、イラン、そして日本との就航便の無いケニアへの支社開設と、会社は容赦無く恩地を振り回し続ける。それに対し恩地は、過酷な海外赴任に耐え、実直に職務を遂行する。日本に残る妻(鈴木京香)や二人の子供との心の溝も深まるばかりだが、遠い赴任先ではどうする事も出来ない。そんな中、国民航空とケニア政府と就航便の交渉が打ち切られ、恩地は、仕事への志をも捥ぎ取られ、焦燥と孤独感がピークに達してゆく。

海外赴任から十年後―恩地はようやく本社への復帰を果たすが、航空史上最悪の墜落事故に直面する。社命を受け、現地での遺族の対応に送り込まれる恩地。次々と運び込まれて来る犠牲者と嗚咽する遺族を前に、国民航空の社員として恩地は、誠心誠意の対応を心掛け様とするが…。企業防衛、不当人事、盟友の裏切り、政治家との癒着、また企業への政治介入と言った、社会派映画としての緊迫した見所は当然あるが、作品全般を通しての見所は、主人公・恩地の人生の葛藤と反すうの中で見出す人間としての成長ドラマではないか。

企業に翻弄されながら立ち合う主人公の生き方の延長線上には、現在の日本人が抱えている、いかに自分は人生に対して主体的に挑む事が出来るかと言う問いかけを提示してくれる。恩地を演じている渡辺謙は、そう言った決して陽の目を見る事はないが、名も無き人間の代表としての日本人の心情を見事に演じきっている。朴訥ではあるが正面から生きる渡辺の演技は、好感を持って受け入れられる。原作が史実を基に取材構成したと言う話が先行し、話題が実在する企業に行きがちだが、本作は、あくまで主人公の生きざまを通じて「本来、人間はどう生きるべきなのか」をストレートに描いたエンタテインメント映画である事に間違い無い。

恩地を裏切るかつての労組の盟友・行天役の三浦友和も“こちらも典型的な日本人です。”とばかりに、心地良いまでのヒール役を演じている。映画は、主人公が、まるで悲惨な仮想現実の中を生きるゲームプレイヤーの様に、企業正義と戦い続けるが、映画の中で画面いっぱいに広がるアフリカの草原に落ちる夕陽は、人間の成長を見守る様に晴れ晴れとしていて、永遠にその姿を見せつけている。本編202分(10分間のインターミッション=途中休憩を含む)、見ごたえのある作品だ。