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映画『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』

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公開
2010/05/20   22:49
更新
2010/05/20   23:05
ソース
intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)
テキスト
TEXT:佐藤由美

タンゴとは、愛、祖国への誇り、そして人生全てを捧げた音楽。いまなお現役で輝き続ける、まさに国宝級ともいえるアルゼンチンタンゴの黄金時代を築いたマエストロ達。時を重ね人生の深みを増した歌声が響くなか、彼らは激動の歴史とともにアルゼンチンに脈々と生き続けてきた、タンゴの魅力と自らの思い出を語り始める。そして、世界三大劇場のひとつであるコロン劇場で一堂に会した夜…二度とは観ることのできない奇跡のステージの幕が開く。

永遠に受け継がれるタンゴの記憶

text:佐藤由美

ここに刻まれたのは、かけがえのないタンゴの記憶である。多様な演奏スタイルが百花繚乱の様相を呈し「黄金時代」と謳われた、1940年代の精神を受け継ぐ、第一級マエストロたちによる夢の競演。良き日々への郷愁にあふれ、各々枯淡の境地を湛えながらも、疾走する鼓動に凄絶な歌のドラマ、エッセンスすべてがばりばりの現役だ。

2003年11月から04年9月にかけ、イオン・スタジオで行われた録音の模様、06年に実現したコロン劇場でのリハーサル、楽屋、舞台袖、本番の映像を通し、われわれは真に歴史的なマエストロたちと出会う。ひとつの壮大なプロジェクトを分かち合うかつてのライバル同士が、久闊の抱擁を交わし、互いを親しく愛称で呼び、緊迫の瞬間を前に冗談など飛ばしながら、ふっと稀少な素顔をのぞかせる。ファンならずとも、タンゴの魅力の一端に気づかされるのではあるまいか。

09年、タンゴはアルゼンチンとウルグアイが共有する伝統芸術として、ユネスコの世界無形文化遺産に登録された。ラプラタ河口を挟む両首都の風景が宿す記憶と、個々の思い出が交錯する当作品。ボンボネーラ・スタジアムでボカの試合観戦に興じるフェラーリ。パレルモ競馬場の小粋なゴドイ。バッファとポデスタはカフェでTV中継を眺め、カンビアッソのゴールに狂喜……と、微笑ましい場面も。が、圧巻は、往年の巨星らの写真・記録映像と、現代がオーバーラップするシーンだろう。曲半ばでリズムが加速、巧妙な間をかもしだすダリエンソの手法は、ラサリが継承。スリリングな断末魔のうめきを演じるプグリエーセと、その編曲の精髄を21世紀の青年らへ託すバルカルセ。緻密で優美なスタンポーネに、見事なサルガンの緊急復活。オリジナル・アレンジを甦らせる豪華なモーレス。80年代末以降の世界的タンゴ・ブームを牽引した、リベルテーラ等々。タンゴとは、永遠に受け継がれる魂を指すのだ。

伝説の存在だが、至芸は健在。彼らの多くが来日経験を持つ。プロジェクトはCD、書籍、映画、世界ツアーとコマを進めるが、惜しむらくは3月訃報が入ったレケーナまで、すでに8名もの偉大なシンボルを失った。ナマに触れる機を逃した方々へ。現地の若者同様、巨匠の明かす秘術に耳傾け、好みのスタイルを見定め、音源でも追体験して欲しい。舞台から仰ぎ見る、コロン劇場の美しき客席に居合わせた気分で。これぞ、新たに開かれたタンゴの扉なのだから。


映画『アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち』

監督:ミゲル・コアン エグ ゼクティブ・プロデューサー:ウォルター・サレス(『セントラル・ステーション』『モーターサイクル・ダイアリーズ』) プロデューサー:グスタボ・サン ダオラージャ(『ブロークバック・マウンテン』『バベル』) 出演:オラシオ・サルガン/レオポルド・フェデリコ/マリアーノ・モーレス/カルロス・ガル シーア/ホセ・“ペペ”・リベルテーラ/ビルヒニア・ルーケ他 配給:スターサンズ (2008年 アルゼンチン92分) ◎6/26(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー  ©2008 Lita Stantic Producciones S.A. / Parmil S.A. / Videofilmes     Producciones Artisticas Ltda.
http://starsands.com/tango/