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加藤訓子『Cantus』

公開
2013/08/23   23:32
ソース
intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)
テキスト
text:高見一樹

日常の響きの中の聖なるもの

パーカッショニスト加藤訓子が『Kuniko Plays Reich』に続いて制作した『Cantus』は、前作に続きスティーヴ・ライヒ、アルヴォ・ペルトそしてヒューエル・デイヴィスの作品を集め構成されたミニマルミュージック作品集となった。ペルトの作品をミニマルというのか単にシンプルというのか、随分と慎重な議論があったような気もするが、ペルトは、85年『デザートミュージック』に取り組んでいたライヒの自宅を訪れ、ライヒは彼を歓待した。ミニマルミュージックがライヒのいうような、形式は内容であり、内容が形式となる、素材が作品であり、作品は素材そのものであるというような音楽のことであるとすれば、ペルトの簡潔な音楽はミニマルそのものだ。このふたりの作曲家の互いの作品への共感は、始まりの中に終わりが聴こえるような緩やかに変化する音響への共感だった。

加藤はこのアルバムで、厳密に計画されたミニマリストたちの作品を、精緻を極めた多重録音によって、新たな音響の中に解き放った。数年前、声楽家松平敬が自身の声を重ねて多重録音によるリゲティ、タリスといった声楽作品集を発表し注目されたが、スタジオでの多重録音であった松平の試みとは異なり、この加藤のアルバムではホールの残響を生かし、録音を重ねるという手法が採用されている。つまり一つの空間に同時に発生する複数の楽器の響きの交わりとはまったく異なり、波形としてとりこまれた残響が層のように重なりあうのだ。作曲のプロセスに、演奏したものを録音しその録音したものにまた演奏を重ねる方法を採用していたライヒ作品はともかく、ペルト作品においてこのような方法がとられたのは注目すべきだろう。ペルト作品の宗教的空間に成就する響きに魅せられた加藤が、マリンバが発生させる響きひとつひとつを紡ぐ作業の最大の成果は、《Cantus in memory of Benjamin Britten》の壮大な響きと、終曲に現れた深いため息のような響きの変化に、現れ、記された。

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