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坂本龍一

カテゴリ
o-cha-no-ma ACTIVIST
公開
2012/10/22   13:04
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
文 成田佳洋

Ryuichi Sakamoto /Jaques Morelenbaum/ Judy Kang

ヴァイオリンに新メンバー投入のピアノ・トリオ

《 Merry Christmas Mr. Lawrence》《The Last Emperor》といった代表作、《美貌の青空》《Tango》など近年取り上げる機会の多い楽曲を再演したセルフ・カバー作である。このアルバムを最初に聴いたとき、思いのほかさらっとした作品だな、という印象をもった。だが、坂本作品を特徴づける官能的な楽曲揃いの本作が多少なりとも淡白に響くとは、いったいどうしたことだろう。

音響作品としての意味合いが強い他の作品(09年作『Out Of Noise』など)ではない、オーソドックスなクラシック型の録音だから、という単純な違いはある。ただし、本作と同様のクラシカルな録音による、しかも同一のトリオ編成とコンセプトの作品『1996』に遡って聴いてみても、やはり同じような音楽の変遷を感じるのである。

まず、ピアノの響きが控えめである。残響が抑えられているし、そもそも多くの場面において、ピアノが小さく(かつ明瞭に)鳴ることを意識して弾かれているように聴こえる。バランスも、ピアニストのソロ名義にしては他の楽器が大きいと感じる。ピアノはその中央に位置しながらも、感情のままに鍵盤を叩きつけるような局面はほとんどなく、ぽろんぽろんと何かを確かめるように響いているのがこのアルバムなのである。チェロのジャケス・モレレンバウム、ヴァイオリンのジュディ・カンの演奏も、繊細なピアノの響きを消すことのないよう、スペースを残すために細心の注意を払っているように聴こえる。心の深い場所にすむメロディを探り当てようとしているような、作曲家がいままさに曲を掬いとるさまを見るような、そんなピアノの演奏である。

今回のレパートリーでやや異色といえる中盤の2曲の存在によって、そうした本作の特色が浮き彫りとなる。シンプルなノートを三者が別のテンポとタイミングで演奏、長いトーンを重ねることで、複雑な音色模様を展開する《Still Life in A》。同じくロングトーンを使用、はっきりとした主(しゅ)のない旋律が複数同時進行する《Nostalgia》。元来ドラマティックな曲の多いレパートリーにあって、思索的ともいえるこの二曲が自然に存在している。クラシックの小品のよう、と自ら評するラストの《Parolibre》まで、小さな響きで生活のなかに訴える音を、また自らの曲をそのように響くものとして再構築することを目指したアルバムなのではないだろうか。音楽とはその小ささゆえに美しきものである、と。