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映画『とある飛空士への追憶』

公開
2011/10/18   11:36
ソース
intoxicate vol.93(2011年8月20日)
テキスト
text:高野直人(秋葉原店)
犬村小六の人気長編小説、待望の映画化!


遂に映画が完成致したとの報に、いやあ待ったよ、待ちくたびれたよ、という原作ファンも大勢いらっしゃるはずだ。2008年に刊行された犬村小六の同名ライトノベルは、口コミを中心に大きな反響を呼びベストセラー。「2008 Amazon エディターランキング」1位、「新世紀エンタメ白書2009ブックランキング」1位、「このライトノベルがすごい!2009」作品総合ランキング10位、全国の大学文芸部による「2009 大学読書人大賞」2位、という感じでランキング・キラーと化した小説は、平野綾による朗読でラジオドラマ化され、小川麻衣子の作画で漫画化もされたが、小説発表当初から、これは映画化するべきという声が非常に大きかったのも事実(それも〈実写〉映画化の声すら挙がっていた)。小説に留まらず、ラジオ、漫画、映画と媒体を変えて奏でられる同一の物語、の魅力とは、では一体何なのか?

物語はこうである。神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上という二つの国が中央海という海を隔てて戦争をしている。ある日、レヴァーム皇国の飛空士シャルルに重大な任務が下る。その任務とは、次期皇妃ファナ嬢を水上偵察機の後部座席に乗せて、敵の領域を通過してファナの婚約者の皇子の許へ無事送り届けることである。その任務が、物語の骨子である。登場人物の設定は、飛空士は日々差別を受けている混血児で、飛空士としての腕前は重要かつ極秘の任務を任されるほどの才能を持っている。一方の次期皇妃は、絶世の美女だが、父親の厳しい躾などで本来の明るい感情を失って、自分の殻に閉じこもっている。飛空士と次期皇妃の出会い。生死をかけての空中戦。その過程で、両者の物語は当然のように〈身分違いの恋〉の物語となるだろう。

どこか気恥ずかしさすら感じさせるほどの〈王道〉な物語。原作者犬村小六は『ローマの休日』と『天空の城ラピュタ』を意識したというが、原作の支持者ほど、その物語の持つ〈王道〉感を愛しているはずだ。過激さも意外性もあまりないような物語に、吸い寄せられ夢中になっていく不思議。古典的な物語が21世紀を経た私たちにも有効なのは、この映画における〈空〉を、私たちも希求しているからに他ならないだろう。この映画の主人公たちがそうであるように、〈空〉は社会等の抑圧から解放され、本来の自身の才能が(それも最高の形で)発揮される空間。映画を見ている間の観客は、それぞれが飛行士であり、次期皇妃でもあり、そして二人とはまた違った〈空〉をも見ていた、と言う事が出来るかもしれない。

古典的な王道な〈物語〉をアニメに仕立て上げたのが、〈最新鋭〉のチームというところが面白い。製作は、かのマッドハウス。『時をかける少女』『サマーウォーズ』の細田守作品や『妖獣都市』といった作品を世に送ったアニメスタジオだ。監督には『彩雲国物語』の宍戸淳、脚本は『時をかける少女』『サマーウォーズ』の奥寺佐渡子、キャラクターデザインは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの松原秀典。もう、この面子、このチームに期待されているであろう空中戦のクオリティは保障されたものだろう。声優には、声優としてもハズレがない神木隆之介、初々しい新人の竹富聖花に、サンドウィッチマンの富澤たけしのシブ声参加が見逃せない。

己を解放してくれる空間としての〈空〉に身をゆだねた観客が最後に目にする光景。それは〈空〉が、映画がそうであるように単なるフィクションでしかないことの確認であり、それは同時に、永遠に観客の心の中に〈空〉が、主人公たちが生き続けることでもあるだろう。人はそれを〈切なさ〉と呼ぶ。〈王道〉の〈切なさ〉に胸焦がしていただけたらと思う。

映画『とある飛空士への追憶』
原作:犬村小六(小学館「ガガガ文庫」刊)
原作イラスト:森沢晴行(小学館「ガガガ文庫」刊)
監督:宍戸淳 脚本:奥寺佐渡子(『時をかける少女』『サマーウォーズ』)
キャラクターデザイン:松原秀典(『エヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズ)
音楽:浜口史郎 主題歌:『時の翼』新妻聖子
声の出演:神木隆之介/竹富聖花/小野大輔/富澤たけし(サンドウィッチマン)
配給:東京テアトル(2011年 日本 約100分)
10/1(土)全国ロードショー
©2011犬村小六・小学館/「とある飛空士への追憶」製作委員会
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