
旅するように映画を撮る監督、ヴィム・ヴェンダースの最新作『パレルモ・シューティング』は、ドイツのデュッセルドルフとイタリアのパレルモが舞台になっている。主人公のフィンは、写真をデジタルで加工して新しい世界を作り出すという作風で人気のカメラマン。本作自体もフィルムで撮影したものをデジタル変換したうえで加工されていて、フィンとヴェンダースの存在は自然に重なってくる。最近、フィンはいつも短い夢を見て目を覚ますが、その夢の多くは悪夢だった。そんなある日、車を運転しながら写真撮影をして危うく事故を起こしそうになった時、偶然にも不思議な男をカメラに捉えていた。その出来事がきっかけで、フィンの身の回りには、次々と不思議なことが起こるようになる。例えばパブのジュークボックスでヴェルヴェット・アンダーグラウンドの《サム・カインダ・ラブ》をかけると、目の前にルー・リードの幻が現れ、フィンに意味ありげなメッセージを呟く。毎日見る夢もルー・リードのお告げも、フィンの死に対する不安や恐怖と関連したものだった。
精神的に不安定な毎日を送るフィンに、旅立ちのきっかけを与えることになるのが、妊娠中の女優、ミラ・ジョヴォヴィッチの撮影だ。大掛かりなセットでの撮影に不満を感じたミラのために、フィンはパレルモで再度撮影することにする。撮影はうまくいき、パレルモに魅せられたフィンは撮影後も街に残り、仕事も面倒な女性関係もすべてドイツに置き去りにして、カメラを片手にパレルモを彷徨い続ける。このあたり、さすがヴェンダースだけあって街の切り取り方は素晴らしく、西洋とイスラム文化が溶け合った古都の優美さと、どこか魔術的な〜雰囲気を魅力的に捉えている。やがて、フィンは灰色のフードをかぶった謎の男につけ回され、弓矢で狙われるようになるが、彼と同じように死に対してオブセッションを持つ美しい女性、フラヴィアと知り合い、二人は次第に惹かれ合っていく……。
妊娠した女性に導かれるように訪れた土地で、死の影に脅えるフィン。パレルモという街に〈誕生〉と〈死〉の気配が渦巻いている。さらにデジタルで加工した映像のなかで、ルー・リードやミラ・ジョヴォヴィッチ本人と映画のキャストが会話するなど、現実とフェイクが入り乱れていたりと、つねに何かの境界線上で漂っているような作品だ。境界を行き来する様々な乗物、車や船、飛行機が次々と登場するのもヴァンダーズらしいが、フィンの魂を運ぶ乗物として、音楽も大きな役割を果たしている。フィンはつねに携帯で音楽を聴いていて、フィンがヘッドフォンをつけている間、映画では彼が聴いている音楽がかかっているのだが、その選曲がまたヴェンダースらしくて、映画のために新曲を書き下ろしたボニー“プリンス”ビリーをはじめ、グラインダーマン、ポーティスヘッド、アイアン&ワイン、キャレキシコ、ベイルートなどシブすぎる面々。さらにスコアを担当したのは、ヴェンダースの73年作『都会のアリス』のサントラを手掛けた伝説のクラウト・ロック・バンド、カンの中心人物、イルミン・シュミットで、主人公フィンを演じるのはドイツのパンクバンド、ディー・トーテン・ホーゼンのヴォーカル、カンピーノだ。
フィンの旅は死神と向き合うことでクライマックスを迎えるが、死神を演じているのは盟友デニス・ホッパー。リアルな死を直前にしたデニスが、映画というフェイクな場で死について語るシーンも本作を象徴するシーンだ。イングマール・ベルイマンの『第七の封印』を思わせる死神との不思議な対話を経て、ついに新しい世界へと踏み出すフィン。本作がヴェンダースの生まれ故郷を出発点にしたロードムーヴィーで生と死をテーマにしていること。さらにヴェンダースが新しく立ち上げた製作会社、ノイエ・ロード・ムーヴィーズの第一弾作品ということを考えれば、本作がヴェンダースのパーソナルな旅の記録のように思えてくる。ひとつの旅が終わり、ここからまた新しい旅が始まるのだ。
『パレルモ・シューティング/PALERMO SHOOTING』
監督・脚本・製作:ヴィム・ヴェンダース
音楽監修:ミレナ・フェスマン&ベックマン
出演:カンピーノ/ジョヴァンナ・メッゾジョルノ/デニス・ホッパー/インガ・ブッシュ/ヤナ・パラスケ/ルー・リード/ウド・ザメル/ジョヴァンニ・ソリマ/アレサンドロ・ディエリ/ミラ・ジョヴォヴィッチ
配給・宣伝:boid(2008年 ドイツ、フランス、イタリア)
◎9/3(土)より、吉祥寺バウスシアターにて3週間限定爆音レイトショー http://palermo-ww.com