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インタビュー

大井浩明

大井浩明の空前絶後現代音楽菩薩行を体験せよ!

大井浩明は過剰なピアニストである。ほどほどということを知らない。やりすぎないと気が済まない。レパートリーをどんどん増やす。新作をやたらと委嘱する。初演しまくる。バッハもベートーヴェンもモーツァルトも弾く。ピアノだけでなくチェンバロもオルガンもクラヴィコードも弾く。たとえば、坂東玉三郎が歌舞伎だけでなく、西洋クラシック・バレエも踊れば新劇も新派も演じ、ついには京劇を中国語でやってしまうようなものだ。

もちろんそんな過剰さをかたちにする旺盛な消化力にも大井は恵まれている。むかし、パリのレストランでひとりで食べていたら、隣のテーブルでイタリア人の巨漢セールスマンが猛烈なフランス語の連射で相手のフランス人を一方的にねじふせ、フランス人はたちまちおどおどとサインしてしまって、ビックリしたことがある。しかもイタリア人はその間、ちゃんと食べていた。大井を見るとあのイタリア人を思い出す。同じように巨漢だし。といってもこの頃の大井の演奏スタイルについて言えば,決して喋り倒し弾き倒す感じではない。ぬきさしがありメリハリがある。楽器や作品の時代様式に即した柔軟な解釈がある。そのへんはやっぱり玉三郎なのだ。

そんな大井がまたとてつもなく過剰な連続リサイタルの企画をぶちあげた。9月から明年1月まで、東京の白寿ホールで5回やる。没後10年のクセナキスのチェンバロ作品を含む全鍵盤曲が1回目。没後5年のリゲティの鍵盤曲だけで2回目。ブーレーズの全ピアノ曲で3回目。韓国のピアノ曲だけ、チン・ウンスクやカン・スキの作品で4回目。そして年が明けると没後5年になるシュトックハウゼンのピアノ曲を集めて最終回。戦後前衛の超大物を集中して並べている。しかも当然ながら難度の異常に高い曲が目白押しだ。たいへんすぎる。普通はやるまい。大井ならではの唖然呆然企画だ。

「現代のピアニストはおかしいと思うんですよ。ベートーヴェンやショパンの集中連続リサイタルはあるじゃないですか。名曲や重要作品をまとめて弾いてピアニストが真価を問うのはあたりまえでしょう。でもこの当然のことが現代音楽に対してはほとんどやられていない。現代曲だけのリサイタルというと新作初演を並べるとか、そういうのが多い。現代音楽の古典をいっぺんにというのはあんまりないでしょう。少なくとも日本ではほとんどない。これはものすごくおかしいことじゃないですか。現代音楽の古典をまとめて弾くのが現代音楽に献身するピアニストの当然の仕事ではないのですか」

まったくその通り。他のピアニストだってそう思っていたのかもしれない。ただ大井ほどの過剰さでそれを実践しようとする人は確かにこれまで居なかった。こういう超人的献身を行ってくれる人を仏教なら菩薩というのではないかしら。大井浩明の菩薩行がどんな成果をもたらすか。白寿ホールから目と耳を離すな!

『大井浩明 Portraits of Composers 』

9/23(金・祝)I.クセナキス歿後10周年・全鍵盤作品演奏会
10/22(土)G.リゲティ歿後5周年・全鍵盤作品演奏会
11/23(水・祝)P.ブーレーズ全ピアノ作品演奏会
12/23(金・祝)韓国現代ピアノ作品を集めて
2012年1/29(日)シュトックハウゼン歿後5周年・初期クラヴィア曲集成
全日程ともに、17:30開場/18:00開演
会場:白寿ホール
http://musicscape.net

掲載: 2011年08月31日 20:41

更新: 2011年08月31日 20:50

ソース: intoxicate vol.93 (2011年8月20日発行)

interview & text : 片山杜秀