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インタビュー

映画『アトムの足音が聞こえる』 冨永昌敬監督

ドキュメンタリーの先輩・大野松雄を撮る、冨永監督初のドキュメンタリー

『アトムの足音が聞こえる』は大野松雄のドキュメンタリーである。TVアニメ『鉄腕アトム』の効果音を担当した〈音響デザイナー〉大野松雄は、日本の電子音楽の伝説的存在である。長らく表舞台に姿を現さなかったが、09年には草月ホールで79歳人生初ライヴを敢行。感動の復活劇は、この映画の終幕を飾ってもいるのであるが、例えば『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』のような感動の映画には間違ってもなってはいない。何せ監督が『亀虫』や『乱暴と待機』の鬼才・冨永昌敬なのだから。

「最初話を聞いたときは、現代音楽の怪物たちが登場する『仁義なき戦い』みたいな映画になったら面白いなと思った」という。大野主演の『仁義なき戦い』! しかし、怪物たちに取材を拒否されて実現には至らなかったと。それどころか取材をしていく中で、当初予定されていた構成台本が冨永監督の〈ひとりよがり〉でしかなく、取材が進むにつれて完成形の全貌が見えず混乱したという。

冨永監督の製作上の混乱話を耳にしながら、拙者はこの映画が意図せず『地獄の黙示録』に似てしまっていることに気づいた。マーチン・シーン=冨永監督が、マーロン・ブランド=大野を追って〈闇の王国〉に向かっているように見えるのだ。音楽的には〈門外漢〉という冨永監督は、映画の前半で大野はどのような人物であるかを関係者のインタヴュー等を通じて〈教科書〉のように見せていく。映画の中盤になって満を持して大野が〈闇の王国〉ならぬ障害者施設に登場するのだが、そのシーン以降、映画はマーチン・シーン(冨永)とマーロン・ブランド(大野)の対決と相成るのである。そのことを冨永監督に伝えると「道理で手強いんだ。マーチン・シーンがマーロン・ブランドに敵う訳がない」と笑いつつも、「大野さんが音響効果の第一人者であるということが一つの側面でしかなかったということにすぐに気づきました。事態が複雑だったのは、大野さんと私たち撮影者の利害が必ずしも一致していないこと。大野さんが〈ドキュメンタリー〉の作り手として先輩であったと言うこと。そして大野さん自身がやっかいなおじいさんで、凡庸でもいいからこんな人にはなりたくない人だったことですね(笑)」

劇中で大野がカメラに向けて「プロとは何か」を説くシーンがある。ご満悦な表情で発せられる〈伝説からのお言葉〉に対して、ナレーションの野宮真貴がさらりと〈ツッコミ〉を入れてくる、そんな映画になっているのだ。〈教科書〉が教えてくれないことの面白さに久方ぶりに出会ったように思う。

 

映画『アトムの足音が聞こえる』

監督:冨永昌敬 ナレーター:野宮真貴 音響効果:パードン木村
出演:大野松雄/柴崎憲治/竹内一喜/大和定次/杉山正美/Open Reel Ensemble/レイ・ハラカミ 
配給:東風(2011年   日本)
◎2011年 5月21日(土)よりユーロスペースにてレイトショー他全国順次公開
©シネグリーオ 2010/協力:アリオン音楽財団
http://www.atom-ashioto.jp/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年05月13日 18:26

更新: 2011年05月20日 12:59

ソース: intoxicate vol.91 (2011年4月20日発行)

interview & text:高野直人(秋葉原店)