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インタビュー

Paavo Järvi

「速報 パーヴォ・ヤルヴィ、シューマンに挑む」
──今年のベートーヴェン・フェスト・ボンから

《マンフレッド》序曲はローベルト・シューマンの一大傑作、いや、ロマン派管弦楽曲の最高峰──かねてより筆者はそう主張してきたのだが、周囲からは冷笑を買うばかり。CDの余白にあわよくば入れてもらえる程度の曲じゃないか、というわけである。だから、パーヴォ・ヤルヴィが熱を込めてわが意に賛同してくれたとき、それはもう話が弾んだものだ。「冒頭3連発の和音からして普通じゃないね」「それもシンコペーションで書かれていますよね。あそこはできるだけ突発的に鳴って欲しい」「そのとおり」。

これが昨年秋のこと。手兵の一つドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンと、シューマン・プロジェクトに取り組んでいるところだと聞いた。そして今年。きたる12月に、彼らはここ日本でも、その成果を大阪と東京で披露してくれることになった。それに合わせて、レコーディング第1弾、交響曲第1番《春》&第3番《ライン》も、RCAレーベルから国内リリースされると聞く。それでも筆者は待ちきれず、さる9月10日、11日と、ドイツはボンの『ベートーヴェン・フェスト』に、その〈音〉を聴きに出かけた。

まず耳に飛び込んできたのが、かの《マンフレッド》序曲。くだんの冒頭部で、昨年の会話を思い出しニヤリとしたが、主部に入るともう笑っている場合ではなかった。なんという激しさ、なんという熱さだろう! あらゆるパートが、噛みつかんばかりに飛び交っている。弦は、エネルギッシュにスピーディにこする弓のもと、がりがりと唸りを上げるほど。クレッシェンドしながら畳みかけるティンパニの連打に、心臓が高鳴る──。

翌日に行ったインタヴューで、パーヴォはこう語った。「あの序曲の、たとえばチェロが情熱的な旋律を弾くところ。始まりは、確かにただの4分音符の連なりだ。けれど、序曲に続く劇中で、主人公マンフレッドがここを歌っていると考えてごらん。ア~スタ~ルテ~と、ね(注:アスタルテは、マンフレッドが愛した女性の名。バイロン原作)。ここは嘆願するように演奏すべきなんだ。〈テンポ〉なるものは一個のフレームに過ぎない。シューマンの音楽はスキゾフレニックとも言えるものであり、聴く者は悲しみ、怒り、喜び、憂い、ありとあらゆる感情を一気に経験する。その落差を〈馴らして〉しまっては駄目なんだ。ポーコ・ア・ポーコ(徐々に)が身上のブラームスとは、まるで別なのだから」

そんな感情のジェットコースターのような音楽・演奏に、やりたい放題の恣意性がみじんも感じられないのはなぜか? 思うにそれは、ポリフォニー(多声性)を、しっかりと押さえているからだろう。あらゆる音が、その輪郭が、その運動が、よく見える。それはなかんずく、作曲家の筆が最高にさえた交響曲第3番《ライン》で実感された。「そこにそんな音があったのか」という、嬉しい驚きの連続で、いわば〈お釣りがくる〉感じなのだ。「書かれた音のすべてが考え抜かれているからね。シューマンのポリフォニック思考は、バロック音楽と中世音楽についての該博な知識からきている。エモーショナルだけれど、学識ゆたか。それがシューマンだ」

しかし一方で、シューマンのオーケストレーションには修正が必要という見方も、根強くある。現代オーケストラの機能と演奏会場のサイズを考慮し、微修正をほどこしたグスタフ・マーラーに始まり、クレンペラー、セルといった往年の名指揮者たちは、どうかすると〈下手〉と言わんばかりにスコアを改変した。パーヴォも、《ライン》の第1楽章では、木管楽器の対旋律にホルンを加えているようだが……。「あそこはファゴットが補強するだけでは弱く、聴こえないと致命的になるからね。しかし、決定的な変更は、あそこだけだ。シューマンの管弦楽は、色彩が地味だとか、透明感に欠けるなどと言われ続けてきたが、それは間違っている。オーケストラを作曲当時の40名程度にセットアップすれば、まったく問題は生じない」

それはまた、ドイツ・カンマーフィルだからこそ言えることだろう。彼らは〈作曲当時〉の規模に準じているが、そればかりではない。この楽団は、ヴァイオリン奏者に、第1ヴァイオリン専門、第2ヴァイオリン専門の区別を設けられておらず、座る席さえも(首席を除いて)決めていない。曲によって各人のポジションが変わるわけで、誰もが序列なく、高度な責任を分かち合う。こうして高性能なアンサンブルが可能となり、シューマンの透明度も確保できるわけである。

「我々はベートーヴェン・チクルスからシューマンへ移行したわけだけれど、これは理にかなっていると思う。というのも、シューマンもベートーヴェンと同様、古い絵画さながらに、積もった塵を洗い落とす必要があるからね。それにぼくはシューマンが、どの作曲家よりも好きなんだ」

2日目に聴いたチェロ協奏曲(独奏ソル・ガベッタ)も、初公演だということだが、すでに緻密なシューマンに仕上がっていた。日本で聴く交響曲群(+α)なら、何度も公演を重ねた後だから、さぞかしであろう。

ベートーヴェンで来日した折の、あの盛り上がりを、再び期待したい。

  
ドイツ・カンマー・フィルハーモニー・ブレーメン
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ(芸術監督)
2010年日本公演日程

11月23日(火・祝)アルモニーサンク北九州ソレイユホール[1]
11月24日(水)東京文化会館 [2]
11月25日(木)NHKホール [2]    
11月27日(土)横浜みなとみらいホール [3]
11月28日(日)豊田市コンサートホール [1]   
12月 1日(水)いずみホール  [4]
12月2日(木)いずみホール  [5]
12月 3日(金)東京オペラシティ  [4]     
12月 4日(土)東京オペラシティ [5]       

[演奏曲目]
[1]ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲、交響曲第4番、交響曲第5番「運命」
[2]ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン)、交響曲第5番「運命」
[3]シューマン:「序曲、スケルツォとフィナーレ」、ベートーヴェン:大フーガ[弦楽合奏版]、交響曲第5番「運命」
[4]シューマン:「序曲、スケルツォとフィナーレ」、交響曲第4番、交響曲第1番「春」
[5]シューマン:「マンフレッド」序曲、交響曲第2番、交響曲第3番「ライン」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年10月25日 15:20

更新: 2010年10月25日 15:35

ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)

interview & text : 舩木篤也