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インタビュー

金子三勇士

ハンガリーと日本、音楽家と社会人のはざまで

リストの生誕200周年を前に、20歳の音楽家が捧げた献花は、透徹した構成意志と造型観に裏打ちされ、清新な生命の脈動を謳う。金子三勇士のピアノは、量感ある響きとリズムの生彩、若い情熱と達観をもって、劇的な渦中を歩んでいく。なによりも遠くを見通そうとする思慮が、ロ短調ソナタを迸るだけの激情、情念や幻想の混沌から掬い上げ、未来へと進む確かな精神の旅程に昇華させている。

「18歳になるまでリストのソナタには絶対に手をつけるな、とリスト音楽院の先生に言われていて。すごく好きなので悔しかったけれど、18歳の誕生日に始めました。人間の内の部分がある程度成長していないと、弾いていても何も伝わってこない。リストの宗教性や哲学的な部分に興味をもつようになり、自分でもいろいろ考えて弾きました」

バランスよく明晰な視座が保たれるからこそ、劇的な情動や高揚のうちにも、美しい詩情が静かに息づく。感情も思慮も蒸留され濾過されたような、晴朗な見通しがある。

「録音は1日に6回通して、実は最後のテイクを使っています。最初の演奏ではもう少し激しいソナタだったかも知れないけれど、余計なものが削られて、自分とリストとソナタの三角関係の戦いだけが残ったんじゃないかなと思います。だんだん自分が変わっていく感じが楽しかったです。ヨーロッパの古い大聖堂に夕方ひとりで入ったときに感じるもの、というイメージが先にあった。その意味で、静かさも意識して出したところはあります」

リストの内なる敬虔さが聴きとれることは、続いて収録された4つの作品にもきれいに通じている。「それもあって1曲目にソナタを入れたんです。ソナタの方向から練習曲《ラ・カンパネラ》や《愛の夢》などもみてほしかった」

リストはハンガリーとドイツのハーフだが、その国際的でグローバルな生きかたに、金子三勇士は6、7歳の頃から惹かれてきた。ハンガリーに10年暮らし、5年間リスト音楽院で学んだことからしても、自身がハンガリーと日本のハーフということからみても、やはり特別な存在だ。

「2つの国のどちらが好きかとよく聞かれるのですが、50:50というより、100:100でいきたいですね。選べないし、選びたいとも思えない。『両方でだめなら、僕は世界人になる』とリストも友人に書いていますし」。コチシュのレコードを聴いて楽器を始め、5歳でバルトークの《子供のために》を初めて人前で演奏したときから、金子三勇士は〈最高の親友〉であるピアノとともに歩んできた。

「人生の一部みたいに音楽を捉えたいです。ふつうの人間でありながら、いかに音楽家にもなれるか、というところがたぶん勝負だと思います。大切なのは、舞台に立ったときにどれだけ変われるか。僕がいちばん好きな場所が舞台袖の入り口で、入国審査じゃないですけれど(笑)、ステージに入ると音楽人になり、戻るとふつうの生活人になる。おかげさまでビザはいらない(笑)。60歳になっても社会人でいられる音楽家でありたいですね。いつも素直に音楽と向き合える。そしてゼロに戻れるフレキシビリティと余裕をもっていたいと思います」

『<トッパンホール10周年記念イベント>HALLOWEEN LIVE 2010』

10/30(土) 16:30開場/17:30開演
会場:トッパンホール
http://kanekomiyuji.seesaa.net/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年10月18日 17:21

更新: 2010年10月18日 17:38

ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)

interview & text : 青澤隆明