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インタビュー

大西順子

再び、大西順子の時代がやってくる


©Mika Ninagawa

11年間のブランクの間、何をしていたかと聞けば、大西順子は「日本の映画を結構観てましたね」と云う。オヅとかミゾグチとかそういうのだけではなく東映のヤクザものやちょっとピンク系のB級もの含めてだと云う。好きな映画雑誌は『映画秘宝』だそうだ。それと音楽との関連性みたいなことを考えるのは野暮ではあるけれど、なるほどね、と思わなくもない。新作のタイトルは『バロック』という。深い意味はありそうで、ない。「スタッフと辞書を引きながらみつけただけです。本来〈ゆがんだ真珠〉とかっていう意味なんですよね。それがいいなと思いまして」

大西順子が93年にデビューして以来、正確にどういう評価を受けてきたかは詳しくはしらない。けれども、過去のジャケットなどを見るにつけ、わかりやすい枠組に彼女をおさめようとする力学は確かにあったろうと想像はできる。今改めて聴きなおしてみるとデビュー当時の演奏にさえ、彼女には常に枠からはみ出し、まとまることを拒んでいく何かがあったことに気づく。それを『バロック』と形容してみると、たしかに大西順子はそういう音楽家なのかもしれない。ただ、そこがクローズアップされることは長らくなかった。彼女がそれを表出しなかったからではない。レコード会社移籍は、このあたりに真相があるはずだ。

前作で実現しなかった19分にわたる大曲《ザ・スルペニ・オペラ》が本作のキーナンバーだ。すでに3年前に出来上がっていたこの曲を中心に最新作『バロック』は組み上げられたと本人は明かす。タイトルは『三文オペラ』から拝借したものだ。いくつかのシーンがたち現れるなかジェームス・カーター、ニコラス・ペイトン、ワイクリフ・ゴードンの3管を主人公に路地裏の猥雑なドラマが繰り広げられる。本人曰く〈群像劇〉だが、咆哮、うめき、哄笑、悲鳴、馬鹿笑いが飛び交う音のドラマは、筋書きこそないものの〈活劇〉と呼んでいいほどアジテーションが高い。

登場する役者はみんな彼女が声をかけた。「私の世代って、ジャズ黄金期のレジェンドと一緒に仕事ができた最後の世代なんですが、この世代は、こっちが言わなくてもどんどん音楽を膨らませていけるんですよ。選んだのはそれができる同世代より上のミュージシャンだけなので、録音は楽でしたけど、みんな勝手にやっちゃうんで話を聞いてもらうのがむしろ大変(笑)」。与えられた枠を自在に拡張していく彼らを、ときに煽り、ときに制御してしていく彼女のコンピングも本作の聴き所である。

本作にはジャズがかつてもっていたストリート感と野蛮な衝動とが濃密に立ち込めている。それを〈ブルーズ〉と呼んでみれば、ブルーズはいつだってゆがみとともに表出されるものであることにふと思いいたる。それこそが、大西順子が『バロック」と名づけたジャズのかたちなのだ。

 

『新作『バロック』発売記念コンサート』
9/30(木)18:30開場  19:00開演
会場:Bunkamura オーチャードホール
http://www.junkoonishi.com

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年09月09日 12:56

更新: 2010年09月09日 13:09

ソース: intoxicate vol.87 (2010年8月20日発行)

interview & text : 若林恵