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インタビュー

OKI

OKI DUB AINU BANDの新たなヴァイブス

「本籍地を移したんだよ。北海道からサハリン(樺太)に」

しれっとした顔でOKIはそんな戯れ言を言う。

彼がサハリンを旅したのは今年の1月である。行くのは2度めだが、トンコリ奏者として気を入れて向かうのは今回が初めてだった。サハリンはなんといってもトンコリという楽器の原郷であり、OKIのトンコリの師のひとりである故・西平ウメ(アイヌ名はスカ)の生地だ。もっともこの地にはいま、トンコリの弾き手はおらず、アイヌの血をひく者も数えるほどしかいない。

「千歳から羽田まで1時間、安ければ1万円くらいで行ける。千歳からユジノサハリンスクまでだって同じくらいの時間で行けるのに7万円かかる。旅行計画書とか滞在先の申請とか手続きも厄介だしね。近くて遠い場所なんだよ。国境なんてものがなかった頃にはアジア北方全域にわたってアイヌ人は行き来していたのにね」

この時の旅行記は『ラティーナ』誌4月号にOKI本人が書いているので一読をおすすめする。

「それで10日間サハリンにいて、地元の人たちの前で演奏したり、逆光の雪原のなかを歩いたり、アイヌがいた頃の痕跡を訪ねたりしたわけだけれど、ああ、おれは甘かった、来るのが遅かったって身に沁みたんだよ。おれのトンコリにはサハリンの風が吹いてなかったって心底落ち込んだ」

前作『OKI DUB AINU BAND』(06年)以後レコーディングはぽつぽつとすすめてきてはいた。バンドには沼澤尚という強力なドラマーがいるが、彼に的確な指示を出すためにOKI自身この4年間ほぼ毎日ドラムを叩き続けた。リオのフェスに参加した際には旧知のマルコス・スザーノのパンデイロを録音してきてもいる。最後の一刷けになるはずであったサハリン行が、皮肉にも、最後の最後でレコーディングをエンストさせた。

「マタニティ・ブルー? みたいなものかな。サハリンのヴァイブス、ウメさんのヴァイブスは自分の体の中に入っているのに、それに応えて拮抗するものが出せない。困ったあげくに、マイクの前で口をついて出てきたのが〈サハリン・ロック!〉という叫びだった」

新作のタイトル・チューンなったその曲では、サハリン南部のアイヌ起源の地名、人名が延々と紡がれてゆく。ロード・ムーヴィー、ならぬ、ロード・ソング、だ。印象的なリフ、のたうつギター、思わず唱和したくなるサビの部分(アイヌ語だけど)、そして何より、これまで以上に力強く前面に立ったトンコリの音が聞く者を打つ。アイヌの伝統楽器としてではなく、〈OKIのロック〉に欠くべからざるものとしてトンコリが鳴っている。

「サハリンのあの厳しい風土に拮抗するためにはこれくらいの強いものでないと。そのために、アイヌ音楽以前におれのなかで血肉化しているレゲエやロックやブルースを武器として全部使った」

苦悩のはての自信と手応え。〈OKIのロック〉の新たなステージはここから始まる。


 

 『SAKHALIN ROCK TOUR 2010』

9/3(金)東京・渋谷クラブクアトロ
9/9(木)函館・BLUE POINT
9/10(金)札幌・ジャズマックプラザ ザナドゥ
9/11(土)阿寒湖 アイヌコタン・オンネチセ
9/12(日)知床 CAFE PATH(OKIソロ)
9/17(金)京都・KYOTO MUSE
9/21(火)山形 SANDINISTA
9/25(土)CCO 名村造船所跡地
http://www.tonkori.com/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年08月20日 22:02

更新: 2010年08月20日 22:12

ソース: intoxicate vol.87 (2010年8月20日発行)

interview & text : 大須賀猛