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インタビュー

豊田裕子

これもまた〈ピアノの詩人〉の輝かしい芸術の姿

様々なアーティストが改めてショパンと向き合い、それぞれに趣向を凝らした作品を発表している今年、繊細なタッチから「超絶のピアニスト」と呼ばれる豊田裕子が、原曲からイマジネーションをふくらませた実にドラマティックなアルバムを完成させた。「ショパンは時代を先取りした、とても斬新な発想を持つ作曲家だったと思うんです。そんな彼がもし現代に生まれていたら…」という着想のもとで、ピアノ曲たちがオーケストラを伴う壮大なアレンジによって変貌を遂げている。

例えば、冒頭を飾る夜想曲第20番《遺作》はシンフォニックに幕を開け、「悲しみの聖母マリア像の前で行われるミサのように」敬虔なコーラスで締められる。

祖国ポーランドにロシア軍が侵攻した報を耳にした時の激情から生まれたとされる練習曲第12番《革命》では、映画のサントラ風のスケール感と共に、ピアノにぴったりと寄り添う鼓動のようなリズムが印象的。「革命軍の兵士の足音、それも何かが変わる希望に向かって進んでいるようなシーンが心に浮かびます」

《風の幻想》と新たに名前が付けられた名曲《幻想即興曲》は多重コーラスとシンセの導入によって宇宙的な雰囲気が醸し出されている。「銀河をバックにしつつも、森の中を過去から未来へと吹くような爽やかな風が抜ける雰囲気」

アコーディオンを起用し、まるで「ショパン時代の吟遊詩人が現代のパリの街角に表れたような光景」の《愛の囁き》の原曲は、夜想曲の中でも特に人気の高い作品9の2。
ピアノ協奏曲第1番第2楽章をもとにした《青い月のロマンス》では、特にピアノの演奏に注目したい。「ここでのピアノは、月明かりの下、オーケストラという森の中で踊る妖精なんです」

ラストはショパンが残した数少ない歌曲のうち、ポーランドの愛国詩人ヴィトフィツキが詠んだ〈春〉を、作曲家リストがピアノに編曲した作品。「ショパンの心の奥底を覗き込んだようなメロディ。彼が体験した200年前の春の記憶を再現しています」

全体を通して感じるのは昼間の自然の風景。夜のサロンの薄灯りで即興的に演奏された…という従来のショパン像とはひと味違う、明るい日差しの降り注ぐ、開放的な屋外のイメージに満ちあふれているアルバムだ。それをより体感できる曲が唯一のオリジナルである《小鳥たちのワルツ~ショパンへの手紙》だろう。「ショパンの誕生日とされる3月1日に空から舞い降りたメロディで、雪の中から顔を出したフキノトウのような、新しい生命の息吹を表現しました。彼から貰ったメッセージですね」

キラキラと流れる水のように淀みのないサウンドで描かれたショパンの世界は広く音楽ファンの心を掴むだろう。「美味しい水の一滴一滴に力があるように、一音一音が気持ち良く耳から入るような演奏を聴いて頂きたい」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年05月17日 12:21

更新: 2010年05月17日 12:35

ソース: intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)

interview & text : 東端哲也