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インタビュー

naomi & goro & 菊地成孔

異色のコラボレートから生まれたスタンダードな歌〜伊藤ゴロー、 菊地成孔 インタヴュー

伊藤ゴローと布施尚美による正統派ボサノヴァ・デュオ、naomi & goroと、ジャズ界の異端、菊地成孔がコラボレート・アルバム『calendula』をリリース。ちょっと意外な顔合わせのような気がしつつも、思えば『ゲッツ/ジルベルト』の例もあるし、いずれにしても、かなり気になる顔合わせだ。そもそものきっかけは、菊地が主催するイヴェントにゲストとしてnaomi & goroを呼んだことだった

「声をかけられた時は、びっくりしました。いつも二人でやってるし、サックスが入ったこともないんで。普通、一緒に音楽やりましょうかってなった時に、ガットギターとサックスで何かやるってことにはなりませんからね」(伊藤ゴロー)

「初顔合わせのミュージシャンとやりたくて、それでお二人に声をかけたんです。ボサノヴァだからサックスは合うんじゃないかっていうカンを頼りに。そしたら、リハの段階から気持ち良くて、すごく新鮮でしたね」(菊地成孔)

そんなライヴでの感触を手掛かりに、両者はアルバムのレコーディングに取りかかった。ボサノヴァ・アルバムらしくカヴァー曲が並ぶなか、アントニオ・カルロス・ジョビンやシコ・ブアルキに混じって、プリファブ・スプラウト《キング・オブ・ロックンロール》やホール&オーツ《ワン・オン・ワン》など、80'sナンバーが選曲されているのがユニークだ。もちろん選んだのはこの人。

「チャラいのはみんな僕のチョイス(笑)。そういう曲を尚美さんヴォーカルとゴローさんのギターでやったらどうなるのかな、と思って。当然、曲が良いという前提はありますけどね。僕も初めてボサノヴァ・アルバムを作るにあたって、意外なカヴァーをやってみたいといろいろと思い描いていたわけですよ」(菊地)
いっぽう、伊藤がブリジット・フォンテーヌ《ブリジット》を選曲するあたりは、菊地との共演だからこそかもしれない。

「ずっと前からカヴァーしてみたかった曲なんです。でも自分たちだけでカヴァーしても、どんなかたちになるか予想がついてしまう。だからこういう機会にこそ、という気持ちはありましたね」(伊藤)

そして、レコーディングが始まった時、東北大地震が日本を襲う。アルバムの制作を中断するかどうか悩んだ時期もあったそうだが、余震に揺れるスタジオでレコーディングは続けられた。

「緊張感はすごかったですね。また揺れるんじゃないかっていうのと、放射能が迫っているんじゃないかという不安。放射能のことを気にしながらボサノヴァをやっているという異様な状況でした」(菊地)

そんな非常事態のなかで、偶然の閃きがアルバムの隠し味になることもあった。サックスよりはるかにボサノヴァにとって異色の楽器、チェンバロの登場だ。

「地震の緊張感で心ここにあらずな状態でリハをしていた時、シンセを適当に触っていたらチェンバロみたいな音色が出て。それがボサノヴァに合ってるような気がしたんです。〈ボサノヴァにチェンバロは新鮮かも〉と思って。結局、本物のチェンバロをスタジオに持ち込んで、3、4曲チェンバロを弾きましたね」(菊地)

「チェンバロはものすごく新鮮でした。いま自分のなかでチェンバロがブームになっているくらい(笑)。チェンバロの音って、あっという間に世界を変えてしまうんですよね」(伊藤)

予断を許さない緊張や意外な発見など、波乱にとんだレコーディングだったようだが、果たして両者は今回の共演にどんな感想を抱いたのだろう。

「尚美さんの歌は気持ちが沈静化するんだけど、ゴローさんのギターはすごく興奮してくるんですよ。すごく凝った感じでリフがバシッと効いてくる。ある意味、ロックンロールみたいな力強さがあるんですよね」(菊地)

「菊地さんのサックスは、歌が終わって間奏が入るという感じじゃなくて、もう一人シンガーがいるみたいでスゴく緊張感がありました。ギターって歌の伴奏で脇ばかり聴いてる感じですけど、菊地さんは歌とか音楽の中心を聴いてる人だなって」(伊藤)

そして、そんな風に両者がお互いを刺激しあって生まれた『calendula』は、地震や放射能の恐怖が入り込むこともなく、逆にそんな恐怖を沈静化させるほど甘美でメロウなアルバムに仕上がった。

「録る前までは、どうなるかな、と思ってましたけど、自分のなかで発見もあったし、面白いものになったと思いますね」(伊藤)

「僕は普通に良いものができたと思っていて。チェンバロが入っていたり、1曲のなかでアルトサックスとソプラノサックスが交互に出てきたり、ちょっと変なんですけど、ノン・ルーツな僕の目線で見ると全然ルーツ・ミュージックの範疇。すごくスタンダードで質のいいものができたと思ってます」(菊地)

新世代の『ゲッツ/ジルベルト』!なんて言うと持ち上げ過ぎかもしれないが、この不穏な時代に咲いた一輪の花は、その芳醇な香りで聴く者にひとときの安らぎを与えてくれるに違いない。

 


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年07月14日 16:52

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text :村尾泰郎