要注意レーベルALL HORNED ANIMALS から ゾス・キア / コイルが登場。
Zos Kiaの音楽は、インダストリアル・シーン初期、特に形成期におけるCoilの活動を知るうえで不可欠な洞察と貴重なアーカイブである。彼らの録音は、その後の多くのCoil作品以上に暗く、よりインダストリアルの根源に根ざしている。音楽は原始的かつ残虐で、Coil/Zos Kia、そしてThee Temple ov Psychic Youth(TOPY)/Psychic TV初期を取り巻いていた関心や思想を露わにしている。
ジョン・ゴズリングは、ジョン・バランス(Coil)とMinと共に、Zos Kia(名義:Joan D'Arc)のオリジナル・メンバーであった。このトリオは、ピーター・クリストファーソン(Throbbing Gristle、Coil)や他のゲストと共に、1980年代初頭にZos Kia / Coil名義で録音・パフォーマンスを行った。1983年8月ロンドンのAir Galleryで行われた、血や肉体の切開を伴う「Performance Action」、そして1983年12月のベルリンAtonalフェスティバルでの公演などがそれに含まれる。後者は、現在は消滅したオーストリアのレーベルNekrophileが1984年に発表したカセット『Transparent』の片面を構成し、CoilとZos Kiaの最初の公式リリース音源となった。
この作品は後年、Coil(Threshold House/Eskaton)によって再発され、ジョン・バランスが1983年に執筆したCoilのマニフェスト「The Price of Existence Is EternalWarfare」が収録された。そこには、後の彼らの活動を形作る数多くのインスピレーションの痕跡がすでに見て取れる。
「Zos Kia」という名称は、オカルティストであり芸術家でもあったオースティン・オスマン・スペアの魔術体系に由来しているが、ジョン・ゴズリング自身はそれほどオカルト志向ではなかったようで、それでもAOSはCoilのメンバーにとって大きなインスピレーション源であった。
1984年、バランスとクリストファーソンはCoilに専念するため脱退。Zos Kia名義のみで発表された作品の大半は、主にジョン・ゴズリングによるものである。Zos Kia名義を引退した後、ゴズリングはSugardogやPsychic TVで活動し、さらにSugar J、Mekonとしてソロでも制作を行った。1994年の『Phatty's Lunchbox』でデビューし、後にThe ProdigyやChemical Brothersが普及させることになるダンス・ミュージックの設計図を先取りした。エネルギーとオールドスクールなアティテュードを宿した、ブレイクビート・トリップホップである。
発売・販売元 提供資料(2026/02/19)