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日本人が「海南島の黎(り)族文化」を知れば、自分たちの祖先を「国家以前・文字以前・支配以前」の「併存文明」の担い手として、再認識せざるを得なくなる。それはロマン的起源論ではなく、学術的にも無視できない文明構造の比較から導かれる必然だ。一言でいえば、黎族文化は日本文化の「異文化」ではなく、日本文化が捨ててきたが、完全には失われなかった文化を知るための、「鏡」なのである。
黎族のルーツは「百越」とされるが、百越とは何か。そして、その百越世界から見た日本の古い国号、「倭」とは何だったのか。百越とは、単一民族のことではなく、江南・福建・広東・海南地域の沿岸・河口・島嶼に広がる、「水と稲と文身(刺青)を共有する文明圏」のことをいう。この百越世界には、国家化を急がず、身体を記録媒体(文身)にして、稲作と漁撈の併存、境界(山・水・海)に生きるという共通の特徴がある。この文明圏の延長線上に、日本列島はあるのだ。
百越側の視点で見れば「倭人」は、百越的生活様式を、中原国家に呑み込まれず、海の彼方で維持していた人々のこと。つまり倭は、未開ではなく、遅れてもおらず、「百越文明の外延部」だったはずだ。この倭の文化が、海南島の黎族文化と、深層で一致している。黎族文化を知れば、国家化と文字化によって日本列島から消えてしまった、「倭」に生きた人々の文化を、「海南島の併存文明」を通して、立体的に理解できるようになるだろう。
黎族文化は、倭人と呼ばれていた僕ら日本人の先人の、併存的・身体的・女性原理的な文明の姿を、今に伝える生きた比較対象である。黎族文化を知ることで、日本史から消えてしまった「倭の文明層」を、外側からもう一度知ることができるだろう。「倭」の呼称は、蔑称でも神話でもなく、一つの文明の選択肢の名として、理解すべきではないだろうか。それでは、海南島の黎族文化を、中國紀行CKRM的視点で見ていこう。
| フォーマット | ムック |
| 発売日 | 2026年01月28日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | 主婦の友社 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784073533207 |
| ページ数 | 132 |
| 判型 | B5 |

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