今回のこのVOXBOXの内容を見て、私はショーンバーグの言った「オットー・クレンペラーは若い時はドイツ楽派の典型的な存在だったし、晩年に至ってはその原型というべきものとなった。」という言葉を思い出していた。1885年に生まれたクレンペラーは、マーラーからフルトヴェングラーに至るドイツ・オーストリア音楽の正統的解釈者の最後のひとりというのは疑う余地も無いだろう。バッハからベートーヴェンそしてワーグナー、ブラームスからマーラーと続くドイツ・オーストリア音楽の、あの孤高とも言うべきある意味日常とはかけ離れた超絶的世界をクレンペラーの指揮にも感じるという点では、まさしく「典型的な」音楽家であった訳であるし、晩年のフィルハーモニア管との一連の録音では我々にドイツ・オーストリア音楽の真髄というものを残してくれた。しかしながら彼は一種「独特」であるという認識は私だけではないだろう。この「独特さ」はかつてヴィーラント・ワーグナーの「彼が他に全く類のない独特な指揮者である所以は、古典的ギリシャ、ユダヤの伝統、中世のキリスト教精神、ドイツのロマンティシズム、現代のリアリズムといったものの混在にある。」と言った言葉に代弁されよう。今回のセット中唯一CDで出ていたベートーヴェンを聴くと、テンポがかなり速く一聴すると単なる一本調子に聴こえなくもない。しかしそこには彼独特の音楽に対する剛直さ、そして奉仕の精神に満ち溢れている。姿はどうあれここでの音楽はクレンペラーという稀代の大指揮者を写す鏡なのである。ちなみに数年間続いた米VOXBOX社との録音は、今回のセットに入っているメンデルスゾーンの「スコットランド」が、クレンペラーの不在時に第3、4楽章を勝手に録音・完成されたことで、両者の関係は解消されることになったというのは有名な話である。

タワーレコード （2009/04/08）