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構成数 : 1
凡例
開扉―古典の中の《見えないもの》
学ぶ意義が《見えない》ことについて
〝見えないもの〟を探究せよ
近代化とは何か
古典と「ナショナリティ」の結合という認識論的操作
[コラム1]漢文は「中国語」か?
人間中心主義―西洋的・近代的「個人」への欲望
「孤独」な群衆
ネットワークとしての古典知
反響する「近代」―私たちはあまりにも似すぎている
私たちは「忘却している」という事実を忘却している
《真理》不在の時代において《真理》を問う―《真理》は本当に死んだのか?
古典は役に立つのか?―と問う前に、まず誰にとって?
《根源》(アルケー)とは何か
本書の軌道
I 一つのものが二つに分かれるということ―万物の《根源》とは何か
1.序
古典とは、単なる「古い」書物のことではない
2.恒常不変の《古》
永遠不朽のテクスト/《古》とは何か/循環という原理/「古今一致」言説
3.古今伝受における「古」「今」解釈
混沌未分としての《古》/瞬間瞬間に立ち現れる現象としての「今」
4.自己自身を《分ける》ものとしての言語
言語の《中》の循環構造/《理》=言語的分節化の原理/「名」の収蔵体としての《天》
II 生々流転する世界の中にあって絶対に変化することのないたった一つだけのもの
1.序
2.変化そのものは変化しない
恒常不変のもの/無常の恒常性/二つにして一つの変化
3.「私」とは世界である
「私」の中で生成される時間
4.「私」の中で語っているのは誰か?
〈文〉としての世界、〈文〉としての人間/詩論における《神》/「私」ではない《私》との邂逅
5.〈古典〉を再定義する
〈古型〉としての古典―パターン化という自由
III 〈文〉の世界の脱中心的構造―《古》への回帰
1.序
2.古典世界において〈文〉とは何か
〈文〉=多様な記号の織物/(I)ネットワーク性(脱中心性)/「対」の網の目としての世界/無限の網状組織/(II)能産的主体性(中心性)/〈文〉の循環はどこで起こるのか?―「私」という世界
3.〈文〉の世界の時間的脱中心性
〈文〉の世界に時間的中心性は存在しない/読書行為=非時間的世界への移行
4.《古》(=非時間的循環構造)への回帰
「古」=「大空の月」/「月」=「陰」/礼=陰―《アルケー》へ回帰すること/《アルケー》への帰還としての〈鬼〉―私たちは体内に〈死〉を宿している
5.帰郷不可能という帰郷―《アルケー》への回帰
帰ることそれ自体が《アルケー》/古典世界の脱中心的構造―どこでも中心になりうる
IV 象徴・引用・注釈・集成―《混沌未分》への帰還を目指して
1.序
2.象徴―変身する言葉
〈竹〉の多元的象徴性/「杜鵑啼き、山竹裂く」/語の多元化→自己の多元化
3.引用―間テクスト性の脱中心的・脱時間的構造
本歌取り―制度化された引用システム/〈古型〉の引用
4.注釈によって繋がるネットワーク
隔たりを通過するもの―聖人の条件
5.集成―データベース化された言葉の世界
6.開放系(オープン・システム)としての古典
[コラム2]古典の閉鎖性と家制度
V 脱人間としての〈文人〉―何ものでもないからこそ何ものにもなれる
1.序
「私たち」の古典は消失し、ただ「私」の古典だけが残る――
そしてそのような「個人」化が進めば進むほど、今度は古典の価値それ自体を審問にかける声が静かに、そして強く「共鳴」し始めることになるのである――「古典?そんなものいったい何の役に立つんですか?」と。
なぜ古典を学ぶのか。本書はこの素朴な問いに対し、古典に潜む見えない《根源》を問うことから応答する。
古典を学ぶ意義があるのか/ないのかという論点に拙速に答えるのではなく、その問いをいったん留保し、古典を学ぶ意義が《見えない》という現象それ自体に注意を向けるところから議論を始める。対象は、前近代東アジア世界において産出された諸々のテクスト群である。なぜそれらは学ばれるべきものとされてきたのか。
古典を死んだ書物にしないために、私たちは古典にどう向き合ってゆけばよいのか。私たちは自らを縛っている言語と格闘することを決してやめてはならない。
「なぜ古典を学ぶのか」という根源的問題はいかに思考されるべきなのかをも考えていく、思索の書。
全体構成は、「開扉―古典の中の《見えないもの》」、「I 一つのものが二つに分かれるということ―万物の《根源》とは何か」、「II 生々流転する世界の中にあって絶対に変化することのないたった一つだけのもの」、「III 〈文〉の世界の脱中心的構造―《古》への回帰」、「IV 象徴・引用・注釈・集成―《混沌未分》への帰還を目指して」、「V 脱人間としての〈文人〉―何ものでもないからこそ何ものにもなれる」、「VI パルマコン(薬=毒)としての古典―古典は死ななければならない」、「VII 《根源》への媒介としての〈象〉―なぜ「聖人は象を立てて以て意を尽くす」ことができるのか」、「VIII 古典の中の非対称的次元差構造―象徴記号としての〈山〉」、「IX 〈古型〉としての四季―陰陽の原理を考える」、「帰結(の彼岸)―なぜ古典を学ぶのか」。
【……古典は常に社会との関係性の中でその都度自らの形を書き換え、また自らを「破壊」し「創造」することによって恒常性を保ってきたという事実も忘れてはならない。そのようにテクストを歴史化することで、歴史の偶然性や恣意性の中でたまたま「権威」を付与されたに過ぎない(のかもしれない)作品群や序列の構造を、何も考えずに「継承」してしまうような事態を未然に防ぐことができる。だからこそ、私たちは古典化の歴史的プロセスを炙り出すような歴史化の試みを不断に継続してゆかなければならないのだが、それと同時に重要なのは、そのような歴史化とは、まずもって自分自身に向けられなければならない、ということである。……】
| フォーマット | 書籍 |
| 発売日 | 2026年01月20日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | 文学通信 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784867661000 |
| ページ数 | 584 |
| 判型 | A5 |

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