The Inertia Variations ［Blu-ray Disc+DVD］

シンガーソングライターMATT JOHNSONを中心に(一時はほぼソロとして)、一時はSIMON FISHER TURNERやJOHNNY MARRらも参加しながら、独自のポップ・センスと社会意識の高い歌詞で80年代UKオルタナ・ロックの一角を築いてきたロンドンの重鎮、THE THE。1979年の結成以来、ロンドンのアンダーグラウンドとメインストリームの境界を行き来しながら、長年にわたり異色のロック・バンドとして活動を続けてきました。長いキャリアの中で活動休止や沈黙の時期も挟みつつ、バンド名義のスタジオ作品だけでなくフィルム音楽やインスタレーションへも踏み出してきた孤高の存在です。

イギリスの詩人ジョン・トッテナムの詩集『THE INERTIA VARIATIONS』に着想を得た本作は、スウェーデンの映像作家ヨハンナ・スト・マイケルズが監督を務めた84分のドキュメンタリー作品。2017年にデンマークの映画祭CPH:DOXでプレミア上映され、その後ヨーロッパ各地やアメリカの劇場でソールドアウト上映を重ねながらも、長らく物理メディア化されてこなかった映像が、BLU-RAYとDVDを収めたハードカヴァー・メディアブック仕様でついに公式リリースされます。

物語の中心に据えられているのは、ロンドンで行われた12時間に及ぶ生放送企画RADIO CINEOLA。MATT JOHNSONが生演奏や詩の朗読、教師やヒーラー、環境活動家や政治評論家へのインタビューを交えながら、ふだん声を届けにくい人々の言葉を電波に乗せたラジオ・プログラムの模様を、アーカイヴ映像やTIM POPEら長年のコラボレーターの証言と組み合わせて描き出します。放送のために書くよう求められた新曲が、兄ANDREWことANDY DOGの死を契機に"WE CAN'T STOP WHAT'S COMING"へと姿を変え、15年ぶりのTHE THEのシングルになっていく過程も本作の大きな焦点です。

母親と二人の兄を続けて失った経験や、著名バンドのフロントマンとして背負ってきた知名度との距離感が、創作意欲の停滞とどのように結び付いていたのか。本作はそうした内面の揺らぎを、ロンドンの街並みやRADIO CINEOLAのラジオ・ブースの静かな緊張感と共に映し出します。その過程で掴まれた創作の手応えが、2018年のライヴ作品『THE COMEBACK SPECIAL』を経て、2024年の新作スタジオ・アルバム『ENSOULMENT』、そして2024～2025年のENSOULEDワールド・ツアーへと繋がっていく流れも示されており、バンドの現在進行形を理解するうえでも重要な一本になっています。

全体としてはロック・ドキュメンタリーでありながら、アコースティック・セットや朗読、ラジオ・スタジオの緊張と沈黙が交錯する音響作品としての側面も強く、長年のファンはもちろん、2020年代のTHE THEから遡って作品を知ったリスナーにも深く響く内容です。バンドの歴史をなぞる伝記ものではなく、一人のソングライターが沈黙から再び歌を書き始めるまでの過程を追った、密度の濃いポートレートと言える内容です。

パッケージはBLU-RAYとDVDを同梱したハードカヴァー・メディアブック仕様で、84ページにわたるブック部分にはスチール写真やテキスト、元のラジオ放送からの情報などを収録しつつ、オリジナル放送から厳選されたMATT JOHNSONとゲストによるライヴ・パフォーマンス映像も追加収録した仕様です。