| フォーマット | DVD |
| 発売日 | 2001年12月21日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| レーベル | - |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| 規格品番 | PIBD-1123 |
| SKU | 4988102659318 |
構成数 : 1枚
合計収録時間 : 02:03:00
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名プロデューサー 故大塚 和(かのう)氏(高知県の医師の息子)の遺作。 御子息と亡実父が青学仏文科で同窓生の誼で知り得る。
露から亡命したK.セレブレコニフ監督作品『チャイコフスキーの妻』の上映予定を問合、目に留まった日本映画の予告編を見た。真摯な題名でも欠点が目につき、やはり熊井 啓監督は秀抜と再認識。翌日、夫から四国出張 予定の連絡があり、大塚&熊井 作品を見直す。本作は、カメラアングルと結末の音楽が心に刻印。秀逸な非言語表現で不条理を提示。
大塚 和『映画と人生』より
“映画の本質、魂がフィルムの中に反映することの出来る監督と是非、仕事がしたいと願っていた。
…
次なる作品を御一緒したかった僕の恩人、いつか和さんの目をかりて演技をしてみたい。”
(奥田瑛二〈僕の恩人〉)
“大塚さんと私のコンビで製作した作品は数十本あるが、その場合私は製作担当とチ―フ助監督の兼任で、…予算に責任を持たせ、なお作品の質的な面でも監督との協調を図るという一石二鳥の誠に合理的なシステム”
(宮川孝至〈大塚さんと私〉)
“大塚さんは秀れた大胆な企画をたて、それを忍耐づよく推し進め成就する卓越した手腕の持主として、存在を高く評価されてきた方である。
…
(企画から16年後に完成した機宣↓)
昭和六十年三月十一日のことである。この日は「日活芸術学院」の卒業式であった。私は祝辞を述べるために学院に呼ばれ、久しぷりに学院長の遠藤周作氏にお会いした。昼食会の席で氏から学生たちの指導について相談を受けた。私は学生たちを撮影現場に参加させ実地に教育するのが一番よいのではないかと答えた。その教材に「海と毒薬」が思いうかんだ。“
(熊井 啓〈酒仙の伯楽―大塚 和さんの思い出〉)
“…往時のすぐれた作品を真剣に思いおこし、「日本人とはなにか」という主題を追い求め、描きつづけるより他に道はないように思われる。
我々が「海と毒薬」の映画化を企画した意図は、この主題「日本人はなにか」を最も明快に表現している小説であるからである。
…日本人にとって、「罪と罰」とは何を意味するであろうか?
映画「海と毒薬」はこの問題を追及してゆくだろう。”
(「海と毒薬」企画意図)
記 秋の彼岸会最終日。
大塚 和氏の祥月命日(1990年9月26日)に。