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| フォーマット | 書籍 |
| 発売日 | 2025年08月15日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | キャラバン |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784910845081 |
| ページ数 | 110 |
| 判型 | A4 |
構成数 : 1枚
I 甲標的と大浦崎基地 水中特攻の源流
甲標的と米国戦時国債/真珠湾の九軍神/日豪友好の四軍神/大浦崎基地(P基地)の残影/大浦崎基地マップ/「嗚呼 特殊潜航艇」の碑/探訪マップ〈I 甲標的と大浦崎基地〉
II 大津島と黒木博 回天作戦の出現
「空気」から生まれた特攻/平泉澄と黒木博司/岸信介と東條英機内閣/吉田松陰と「死のポピュリズム」/大津島と海軍/「帝国海軍回天萬歳」/下呂の「回天楠公社」/仁科関夫と山口県/消息不明の伊号第三七潜水艦/大津島を歩く/視覚年代記・大津島の記憶/探訪マップ〈II 大津島と黒木博司〉
III 光の回天基地 本部基地としての新拠点
「本部基地」の位置づけ/探訪マップ〈III 光の回天基地〉/光海軍工廠の配置図〔東部〕/一型から十型まで/ナチと四型/光で発見された胴体/平生町に貸し出された胴体部分/アメリカで保管された回天/ニューヨークのkamikaze attack/日米再建と『KAITEN WEAPON』/和田稔の殉職と上関/映画『出口のない海』/「軍神」と靖国の源流/靖国神社の「回天一型改一」/靖国神社の「回天四型」/コラム「回天」と映画/「戦争の証人」=一型の頭部/「発見時の回天一型頭部」/攻撃の三段階/基地回天隊「白龍隊」の悲劇
IV 平生の回天基地 潜水学校併設の突撃隊
平生突撃隊基地/「潜水学校柳井分校」建設秘話/海軍潜水学校柳井分校と平生嵐部隊基地図/探訪マップ〈IV 平生の回天基地〉/コラム・特攻と朝鮮人/阿多田交流館の戦争遺物 ➀「熊倉博の名刺」 ➁九名の遺影 3その他の展示品 4平生訓練基地の変遷/コラム・特攻隊を志した安倍晋太郎
V 大神の回天基地 最後の訓練場所
回天記念公園/突撃隊長・齋藤高房/大神訓練基地の配置図/高良宗昭さんインタビュー/回天の標的艦となった「海鷹」/コラム・空母海鷹のエピソード/戦跡巡りー過去との対話ー/探訪マップ〈V 大神回天基地〉
付録1 回天隊の見た風景 川棚の臨時魚雷艇訓練所
付録2 弾除け祈願の三坂神社
付録3 水中特攻 戦後と余生
武田五郎(大洋ホエールズ社長)/寺村輝夫(児童文学作家)/上山春平(哲学者)
新資料 京都大学蔵・上山春平「回天特別攻撃隊 轟隊 木原隊 行動日誌並ニ所見」
特別編 世界の人間魚雷
アメリカ編 タートル〔Turtl〕
イタリア編 マイアーレ〔Maiale〕、チャリオット〔Chariot〕、X艇〔X-Craft〕
ドイツ編 ヘヒト〔Hecht〕、ネーゲル〔Neger〕、マーダー〔Marder〕、モルヒ〔Molch〕、ビーバー〔Biber〕、ゼーフント〔Seehund〕
略年表(TIME LINE)
主要参考文献
特別解説 和田稔と同じ時代の「妹」たち(ジャーナリスト・佐田尾信作)
終章✕聖なる残照
海軍の「一人一殺」と回天/上山春平『行動日誌』の発見/回天に学ぶ
人間魚雷「回天」は、「大東亜戦争」末期に開発された海軍の特攻兵器でした。兵士一人が九三式酸素魚雷に搭乗し、敵艦に突っ込むのです。
「回天」の開発拠点は、当初は大型の特殊潜航艇「甲標的」の開発が行われていた大浦崎基地(P基地・広島県呉市音戸町)に置かれていました。その意味で「回天」は「甲標的」の発展形とみることもできます。とはいえ、「甲標的」が乗員の生還を前提としていたのに対して、「回天」は死を前提としており、訓練に臨む兵士の心構えにも大きな隔たりがありました。
このため「回天」に関する開発と訓練は、九三式酸素魚雷の発射実験場があった山口県周南市(旧・徳山市)の大津島に移され、昭和19(1944)年9月に「大津島突撃隊」が結成されました。空の「神風特別攻撃隊」に対して、彼らは、海の「神潮特別攻撃隊」と呼ばれました。
詩人・高村光太郎は、雑誌『週刊少国民』(昭和20年4月号・『高村光太郎全詩稿』所収)に発表した詩「神潮特別攻撃隊」で、〈小さいその潜航艇と わづかな隊員との必死必中で 敵の幾萬噸の軍艦を轟沈するんだ〉と、当時の躍動感を書いています(本書の裏表紙の裏に原稿掲載)。
さて、大津島の回天訓練基地はすぐに手狭となり、11月に光市の海軍工廠内に「光回天基地」が新設されます。つづいて昭和20(1945)年3月に平生町の阿多田半島に「平生突撃隊」の訓練基地が開設されました。
こうして山口県内に、3ヶ所の回天訓練基地がそろいました。そして4つ目が4月に開隊した大分県日出町の「大神突撃隊基地」となります。
戦争が長引けばさらに増設される予定でしたが、8月6日に広島、9日に長崎に原子爆弾が投下され、日本は無条件降伏に追い込まれます。
それとともに回天作戦も終わりを迎えました。
「回天」が存在したのは僅かな期間でした。
しかし戦後になっても人々の心を掴み、賛否両論の議論の中で強烈な印象を刻印し続けました。
本書では上記4つの回天訓練基地を軸にしつつ、広島県呉や大浦崎、長崎稔川棚などの取材を行い、埋もれた資料を掘り起こして紹介します。
とはいえ、文献資料ではっきりしなかったのは、「回天」が誰の発案で始まり、誰の命令で実行されたのかということでした。
海軍には「兵士の死を前提にした兵器はつくらない」という伝統があったにもかかわらず、軍の規律や方針さえ超えて「回天」が生まれた不思議さもありました。
時代の「空気」に翻弄され、命を散らした多くの若者たち……。
静かに散った彼らの尊き命に、追悼を捧げる巡礼の旅が、本書を手にすることではじまることを願います。
(本書で紹介する元回天隊員で哲学者になった上山春平氏が、日本が戦ったのは「大東亜戦争」とし、米国側の呼称「太平洋戦争」を生涯使わなかったことで、本書も「大東亜戦争」表記を基準とした) 新資料・上山春平の回天搭乗員時代の記録『轟隊 木原隊 行動日誌並二所見』。戦後、哲学者として有名になった上山氏は海軍中尉だった昭和20(1945)年5月28日に伊号第363潜水艦に乗って光回天基地から出撃し、3週間余りの潜水艦内の記録を海軍用箋に書き残していた。その全文を所収、初公開。

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