販売価格
販売中
お取り寄せお取り寄せの商品となります
入荷の見込みがないことが確認された場合や、ご注文後40日前後を経過しても入荷がない場合は、取り寄せ手配を終了し、この商品をキャンセルとさせていただきます。
| フォーマット | 書籍 |
| 発売日 | 2025年08月12日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | 岩波書店 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784000271790 |
| ページ数 | 184 |
| 判型 | 46 |
構成数 : 1枚
序
第1章 人民戦線に抵抗するベンヤミン
1 人民戦線、あるいは文化政策の「アウラ」性
2 社会主義リアリズムと民衆出演の映画
3 商品としての言説とベンヤミンの戦術
第2章 テクストとしての複製芸術論文
1 実験としての非アウラ的文体
2 政治的文書としての「複製芸術論文」
3 「アウラの凋落」と「第二の技術」――第一セクションの読解
第3章 複製芸術論文における「映画俳優論」の可能性
1 視覚的無意識と自由な活動領域――第三セクションの読解
2 映画俳優とスポーツ選手の「テスト」可能性――第二セクションの読解(1)
3 アウラなき映画俳優の身振り――第二セクションの読解(2)
補論 一九三九年版における「映画俳優論」の削除
第4章 ラジオ・パーソナリティとしてのベンヤミン
1 ワイマール期のドイツラジオ
2 「青年の時間」の四つのジャンル
3 「物語」を語るベンヤミン
4 口語文化とテクノロジー
5 聴取者参加型劇場としてのラジオ
文 献
解 説――危機の時代に、アウラを爆砕すること……………吉見俊哉
あとがき
ヴァルター・ベンヤミンが一九三六年に発表した「複製技術時代の芸術作品」。その可能性の中心が、三年後の改訂版から大幅に削除されていた。それは、映画観客論でも監督論でもなく、カメラを前にテストされ、演技する「映画俳優」の可能性をめぐるものだった。一九三〇年代の時代状況のただ中に論文を置き直し、読み直す。

※ショッピングカートおよび注文内容の確認画面にてフラゲのお届けになるかご確認ください。
※各種前払い決済をご利用の場合、フラゲは保証しておりません。
※フラゲは配送日時指定なしでご注文いただいた場合に限ります。
読み込み中にエラーが発生しました。
画面をリロードして、再読み込みしてください。
