それぞれの道で音楽と歌のアプローチを行ってきた、約30歳離れた二人の音楽家がこのたび邂逅。灰野敬二と蓮沼執太によるコラボレーション・アルバム『う た』がリリース。蓮沼執太がほとんどの楽器演奏と歌詞を手がけ、その音楽と言葉に対して灰野敬二が瞬発的にメロディーを発声させることで1枚のアルバムが完成した。 (C)RS
JMD(2025/07/29)
それぞれの道で音楽と歌のアプローチを行ってきた、約30歳離れた二人の音楽家がこのたび邂逅。灰野敬二と蓮沼執太によるコラボレーション・アルバム『う た』がリリース。
蓮沼執太がほとんどの楽器演奏と歌詞を手がけ、その音楽と言葉に対して灰野敬二が瞬発的にメロディーを発声させることで1枚のアルバムが完成した。
灰野敬二と蓮沼執太の最初の出会いは2017年の11月にさかのぼる。渋谷のライブハウスで開催したイベントの一環で、両者ともに共演予定を知らないまま舞台に立った。私はうかつなことにその場に居合わせられなかったが、即興の行為を、ただ一過性の出来事にとどめない灰野の音への向き合い方が蓮沼をはげしく触発したであろうことは想像にかたくない。その後ふたりは2019年の京都ロームシアターで蓮沼が企画構成した『MUSIC TODAY IN KYOTO』に灰野が出演し、パンデミックの最中の2021年9月には『う た』と題した公演を渋谷WWWでおこない、翌2022年には神戸の横尾忠則現代美術館にてパフォーマンス、つづく2024年には横須賀の無人島「猿島」の「愛の洞窟」で共演するなど、協働作業をかさねてきた。
本作は8年にわたる両者の歩みの中間点にあたる2021年11月26、27日の2日、エンジニアのZAKのストロボスタジオでの記録が下敷きである。
演奏にあたっては蓮沼の言葉(歌詞)のみ灰野の手元にあり、手の内をあかさぬまま演奏にのぞみ、蓮沼の音に反応するように灰野が言葉に旋律を付していった。方法そのものは灰野+蓮沼のパフォーマンスに通底するもので、表題の『う た』はその別称であり、あえて名づけるなら彼らを体現する符牒のようなものではないか。いずれにせよ冒頭の「空」から終曲の「潜」まで、全10曲で展開する『う た』の音世界はほかに類をみない鮮烈さをしめしている。
2021年11月の録音以降も、蓮沼のスタジオで器楽面のダビングを行い、灰野なじみのスタジオで歌を試すなど、原石を研磨するかのような過程を経たことによる輝きといえばいいだろうか。いたずらな過剰や抒情にながれない仕上がりには恬淡とした味わいもある。
テキスト:松村正人
発売・販売元 提供資料(2025/07/25)
孤高の前衛性を貫く地下界の重鎮と、ソロからフィルまで多彩な形態で活動する気鋭の音楽家によるコラボ盤。蓮沼がほぼすべての作詞・作曲と演奏、ミックス、プロデュースを担い、蓮沼の詩に灰野が即興でメロディーを与える――そんな手法で制作された本作は、完成まで実に4年を費やしたという。ノンビートのアンビエンスからリズム特化のエレクトロニカまで有機的に変化する音響空間のなか、遠ざかっては近づき、静寂に溶けては場を埋め尽くすように増殖し、深いエコーを纏っては生々しく響く灰野の〈うた〉。言葉が厳かな神秘性を帯び、音楽になる瞬間に立ち会ったような、瞑想的な陶酔に包まれる一枚。
bounce (C)土田真弓
タワーレコード(vol.501(2025年8月25日発行号)掲載)