販売価格
販売中
お取り寄せお取り寄せの商品となります
入荷の見込みがないことが確認された場合や、ご注文後40日前後を経過しても入荷がない場合は、取り寄せ手配を終了し、この商品をキャンセルとさせていただきます。
| フォーマット | 書籍 |
| 発売日 | 2014年02月07日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | 航思社 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784906738069 |
| ページ数 | 572 |
| 判型 | 46 |
構成数 : 1枚
第I章 ネグリのほうへ――「真の政治は形而上学である」
トニ・ネグリを読むために
帝国とマルチチュード
ある唯物論的な笑いと美
政治を追い詰めるレーニン主義者スピノザ
歴史のなかの『レーニン講義』、あるいは疎外なきルカーチ
「我々はみなネグリ主義者である」、あるいは分離の論理の行方
第II章 様々なマルチチュード――「一」は割れずに緊張を生む
リスク人民戦線
いくつかの存在論的空虚について
貨幣の帝国循環と価値の金融的捕獲
主体から主体――政治において、我々はみなシュミット主義者であるのか?
今日における金利生活者の安楽死
第III章 ヨーロッパという賭金――「主権」の上空と底で政治は闘われる
亡霊の政治―「ヨーロッパの再生」を問う
論理的な暴動とマルチチュディネスクなコギト
現実主義的革命家と種別的知識人
ヨーロッパの〈新左翼〉は?
〈現代アナーキズム〉あるいは〈実践〉の迷走
第IV章 ランシエールの傍で――語る「私」をめぐって「階級闘争」がはじまる
Verkehrung(転倒/逆転)の冒険――ジャック・ランシエールの政治的存在論
〈無知な教師〉はいかにして〈僭主〉に教えたか
スキャンダルとしての民主主義
「すべては政治的である」のか?
第V章 フーコーとともに――反牧人革命は来るのか
〈実践〉概念の相克――フーコー最後の問題系と六八年
〈我々とは誰か〉あるいはフーコー最晩年の〈外の思考〉
理性の限界を「散逸」させよ
間奏
代書人ボブあるいは〈誤訳〉
ローリング・ストーンズと共産党
第VI章 日本のなかで――「1968」と「2011」を跨ぎ、「社会的なもの」に抗する
「決めない」政治と金融資本主義
社会は防衛しなければならないのか
社会的なものの行方
六八年革命は「存在」しなかった――小熊英二『1968』
〈文化〉果てるところに待ち侘びる〈党〉――すが秀実『吉本隆明の時代』と長原豊『われら暇疵ある者たち』を横断する
『資本論』から何を再生させるべきか――スラヴォイ・ジジェク『終焉の時代を生きる』
反乱が事故として連鎖反応的に生起した年をどう捉えるか――スラヴォイ・ジジェク『2011』
2011の反乱 その敗北のあとに――想田和弘監督『選挙2』
エピローグ
「国家の破滅は言葉遊びにすぎない」――マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督『フォンターナ広場:イタリアの陰謀』
ネグリ、ランシエール、フーコーなど現代思想の最前線で、そして
9.11、リーマンショック、世界各地の反乱、3.11などが生起するただなかで、
生の最深部、〈下部構造〉からつむがれる政治哲学。
『闘争の思考』以後20年にわたる闘争の軌跡。
(フランスの雑誌『マルチチュード』掲載の主要論文も所収)

※ショッピングカートおよび注文内容の確認画面にてフラゲのお届けになるかご確認ください。
※各種前払い決済をご利用の場合、フラゲは保証しておりません。
※フラゲは配送日時指定なしでご注文いただいた場合に限ります。
読み込み中にエラーが発生しました。
画面をリロードして、再読み込みしてください。
