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図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石

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フォーマット 書籍
発売日 2025年05月08日
国内/輸入 国内
出版社戎光祥出版
構成数 1
パッケージ仕様 -
SKU 9784864035750
ページ数 168
判型 A5

構成数 : 1枚

I 戦場を駆け回る日々―小一郎長秀の時代
天文十年(1541)~天正十一年(1583)
確定がむずかしい秀長の誕生年
実はよくわからない出生地と兄秀吉の誕生年
「木下小一郎」として織田信長の馬廻にはじめて登場
播磨・但馬攻め、さらに竹田城を拠点に但馬支配をすすめる
備中の戦場で信長の訃報に接し、急ぎ光秀との決戦へ
信長の仏事を秀吉が執行、秀長は警固を命じられる
柴田方と軍事衝突が勃発、滝川一益対策で北伊勢へ出兵

II 秀吉の天下取りをささえる―美濃守長秀の時代
天正十二年(1583)~天正十三年(1584)
賤ヶ岳にて柴田勝家と対峙、ひと月あまりの対陣で撃破
頼朝以来の武家による新たな国家づくりの野望
わずかな痕跡からさぐる播磨・但馬守護としての領国支配
大坂へ移り京都にも屋敷を構え、天下人への途を歩む秀吉
小牧・長久手合戦開戦、秀長は主力として伊勢に侵攻

III 紀州・四国、相次ぐ出陣―美濃守秀長の時代
天正十三年(1585)
小牧・長久手合戦の戦場で秀長と名乗りはじめる
上洛交渉で織田信雄が上洛、見せつけられた秀吉の勢威
根来寺・雑賀衆を屈服させ、紀伊と和泉を拝領
織田政権の路線を踏襲し四国へ出馬、大将として奮迅の活躍

IV 三ヶ国を領する大大名―参議秀長の時代
天正十三年(1585)~天正十四年(1586)
大和を拝領し、支配拠点として郡山城を整備
和歌山城を築城し、重臣の桑山重晴を城代として配置
前代未聞、異例づくめの秀吉の関白任官
参議に任官し公卿に昇進、「豊臣秀長」となる
上洛・上坂してきた上杉景勝を茶会でもてなす
人質として妹・南明院と母・大政所が遠江・三河へくだる

V 家康従属、島津氏の平定―中納言秀長の時代
天正十四年(1586)~天正十五年(1587)
徳川家康の上洛・上坂、新たにととのえられた武家の序列
病により長々と大和に逗留する大政所
大友宗麟とのエピソードにみる兄秀吉との共通性
大友宗麟の要請で九州出陣決定、秀長が最大の軍勢を率いる
圧倒的な軍事力で島津を圧倒、義久の処遇は秀長の意向次第

VI 豊臣政権の重鎮―大納言秀長の時代1
天正十五年(1587)~天正十六年(1588)
「大和大納言」の誕生、聚楽第が完成し京都に拠点を移す
後陽成天皇を迎えた聚楽行幸で養子秀保をお披露目
毛利輝元が上洛、秀長は政権のナンバー3に位置づけられる
毛利輝元一行を郡山と奈良で懇切にもてなす
大政所が重篤に陥るも、祈?の効果か奇跡的に回復
位牌所を建て、大政所を家の先祖として位置づける
出自や実名が不明な秀長夫人、義母・大政所との関係は良好

VII 波乱の秀吉後継問題―大納言秀長の時代2
天正十六年(1588)~天正十七年(1589)
当初は秀長が後継者と目されたなかで、秀吉若公が誕生
天皇・摂家衆をも巻き込んだ若公への関白譲与問題
若公誕生により秀吉とのあいだにすきま風が吹きはじめる
秀吉が大勢を引き連れ奈良へ下向、なぜか姿のみえない秀長
秀長の体調悪化は秀吉若公誕生の影響か

VIII 病と死、豊臣政権の落日―大納言秀長の時代3
天正十八年(1590)~天正十九年(1591)
京都での静養、小田原攻めを

  1. 1.[書籍]

兄秀吉との絆で成し遂げた天下取り!

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で注目が集まるも、兄秀吉の影に隠れベールに包まれてきた秀長の生涯。
若い頃から戦場を駆け回り、秀吉に最も信頼された天下一の〝懐刀〟としての実像を、多数の図版とともに最新研究でひもとく。

作品の情報

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著者: 河内将芳

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