| フォーマット | ムック |
| 発売日 | 2025年03月24日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | NHK出版 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784149112077 |
| ページ数 | 164 |
| 判型 | A5 |
構成数 : 1枚
迷いとともに生き、神と人間を愛した「弱虫の神父」の物語を受け継ぐ
オランダに生まれ北米を中心に活動した、20世紀を代表するカトリック司祭、ヘンリ・ナウエン。司祭でありながら自らの孤独や不安などをありのままに綴ったナウエンの著作は、今も多くの人々の共感を呼び、読み継がれている。傷ついているからこそ人は神の愛を自覚でき、そこから自分と他者へのいたわりが生まれるとする彼独自の霊性はいかにして形作られたのか。彼の霊性は「癒やし人」であったイエス・キリストの姿といかにして結びつくのか。傷ついたこころを抱え、居場所を見出しづらい世の中を生きる私たちは、ナウエンの言葉から何を受け取れるのか。その生涯をたどりながら、彼が綴った愛と希望のメッセージの意味について考える。

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私たちは祈りの効用について、もっと気づいてよいのではないかと思います。(酒井陽介、本書より)
私は、モリエ―ルを始めとする仏文学の娘たちで、ラ・ブリュエルの愛読者である。
礼儀作法や社交辞令で下げた頭に足を乗せてくる、庇ではなく物置に貸して母屋を取りだす、すがる心や人情につけこんでの強欲発揮等、百害あって一利なしの棒腹絶倒の事例に事欠くことがない経験をする。
重篤な事例だが、ほぼ全事例に共通項があり、雑な作りが多いのだが、メカニズムつまり心根を知ると愚昧蒙昧だからである。これに、遅鈍や愚者の特徴である頻繁な嘲笑も往々にして加わる。
このような人物や目に遭うと、特に子供は、落命してしまう。
仏教の有難い教えの和顔愛語も厳禁、標的にされて仇で帰ってくるリスクが高いのだ。
デカルト、ヘ―ゲルやクルタンも書き遺しているように、人間の範疇ではないからである。
呵責ない仏文学に比べて、キリスト教の言葉は、私にはまず思想として読解したい意向があり、派生した文化については、基礎知識不足ということもあり感覚的に趣味嗜好が合うことから愛好している。
魂が疲れている、それは霊的な疲労というものなのか、須らく心の疲れは魂や霊性の疲労なのか、兎に角、息子と社会問題に巻き込まれて以来、面会謝絶のように人払いをして、祈る生活が続いた。不条理は、簡単には覆すことが出来ないのだ。「復讐するは我にあり」の聖句を生き甲斐にして、自愛に専念している。在家在宅修道女の如く、家事はそのまま祈りの営為となった。
本屋で平積みだった本書を衝動買いして、通読。
「傷ついた癒し人」という言葉のもとになった概念は、C.G.ユングの「傷ついた医者」で、“身をもって傷の痛みを経験したことのある医師こそが、患者自身も自覚していない傷を明らかにし、癒しの助けとなれるとした。”(本テキストより)
ナウエンが通った高校も運営していた、イエズス会は、世界宣教だけでなく主要任務に大学と高等教育期間の運営があり、信仰心だけでなく深い教養を持つ組織。人文はともかく学術的技術が極めて高いと驚嘆した事をを思い出す。
現教皇もイエズス会出身。
聖金曜日に。