200年以上忘れ去られてしまったサリエリのオペラが
ルセ&レ・タラン・リリクの最高演奏で復活!
ルセ&レ・タラン・リリクのサリエリ・プロジェクト、待望の最新盤は《タタールの大王(カン)、キュブライ》。キュブライとはフビライ、カンはハン、つまりモンゴルを舞台にしていると見せかけて、実はピョートル大帝への批判や宮廷への風刺が込められた作品です。当時の政治状況から検閲の対象となり初演さしとめとなったこの作品は、その後上演されず、そのまま忘れ去られてしまいました。サリエリの熱烈な擁護者であるレ・タラン・リリクとその指揮者クリストフ・ルセの最高の演奏で、オリジナル版での復活が実現しました!
サリエリの《タタールの大王(カン)、キュブライ》(1788年)の台本を手掛けたのは、ジョヴァンニ・バッティスタ・カスティ、ダ・ポンテのライバル的存在でした。サリエリのオペラで当時大センセーションを巻き起こした《トロフォニーの洞窟》はカスティの台本によるものでした。そしてその後もう一作の共同作業を経て、サリエリはカスティをリブレッティストにすると決めたのです。二人の共同作品はその後ひとつも舞台にかけられることがなかったことは想像もしなかったでしょう。また実際にこの作品の台本が仕上がってきたとき、サリエリはボーマルシェと組んだ《タラール》にかかりきりで、カスティの気を悪くさせたりもしていました。
宮廷の役人が陰謀を企て、自分の息子は隣国の王女に結婚を拒否されるほど間抜けで、挙げ句の果てにはイタリア人冒険家カップルが国の伝統に干渉してくるこの作品は、モンゴルを舞台にしているように見せかけて、描かれているのは実際にはヨーロッパの王宮、とりわけロシア皇帝の宮廷です。ヨーロッパにおける啓蒙主義の真の精神に則り、著者たちが提起した中心的な問題は、権力者が国土に対する責任にどう対処するかということでした。しかし、ロシアは神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の同盟国であったため、1787年のオーストリア・トルコ戦争勃発後に完成したこの作品の初演は取りやめとなり、上演されることはありませんでした。その結果、コメディア・デラルテの喜劇を取り入れながら痛烈な風刺を持つ、18世紀で最も珍しいオペラのひとつは、200年間もの間忘れ去られていたのです。
(1/2)
APARTE
発売・販売元 提供資料(2025/05/13)
この作品のエキゾチックな風景は、風刺的で批評的な内容の隠れ蓑にすぎません。カスティが描く登場人物は当時の喜歌劇のスタンダードとは根本的に異なっています。タイトル・キャラクターは、啓蒙的な君主の理想像ではなく、冷酷な独裁者、専制的で好色、独断的な支配者として描かれています。礼儀作法に欠け、タバコを吸い、酒を飲み、暴言を吐き、常に侮辱と罵声を浴びせる。自由奔放な男には浄化も罰さえもないので、観客の道徳的満足は必然的に満たされないままです。キュブライの粗野な性格は、サリエリが支配者の怒りの爆発を音楽的に表現するために用いる、より大きな音程の跳躍と高音の高揚感に表れています。一方彼と彼の取り巻きたち―ボッツォーネ、メンマ、そして熱心すぎる司会者オルカーノ―は、言葉の急速な滝のような流れ、軽快なジングシュピール風のパッセージで、キュブライとは区別して描かれています。《キュブライ》はピョートル大帝とその宮廷に対する風刺であり、貴族と聖職者に対する批判も散りばめられていることがわかります。
(2/2)
APARTE
発売・販売元 提供資料(2025/05/01)
Antonio Salieris Cublai, Gran Kan de Tartari, was completed in 1788, and Salieri had the bad luck to see the Austrian Empire enter a war on Russias side at the time. The opera satirized the Russian monarchy; Kublai Khan is a stand-in for Peter the Great, and this got Salieris opera banned. It was not premiered in Italian until 2024, and this reading by Les Talens Lyriques and conductor Christophe Rousset landed on classical best-seller charts in the spring of the following year. The opera bears the unusual descriptor "eroicomico," and that gives a hint as to the works qualities; it is filled with melodies that show the title characters pomposity. Bass Mirco Palazzi gets the spirit of these, and there are plenty of numbers for the Choeur de Chambre de Namur, which inflates legends of Kublais greatness, only to have them pricked by the libretto of Giovanni Battista Casti. The booklet gives a good deal of detail on how audiences of Mozarts time would have heard this work, and the physical album is recommended, but even without this explanation, much of the humor would come through due to Salieris melodic shapes and choral sounds. One thinks of Peter Shaffers Amadeus, where Salieri marvels at the long single note that opens Mozarts Sinfonia Concertante, K. 364. Salieri never managed anything so simple and beautiful, but neither was he a hack, and this album gives an idea of why his career lasted for decades. And he didnt murder Mozart, either. ~ James Manheim
Rovi