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織田信長と京都

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フォーマット 書籍
発売日 2024年11月18日
国内/輸入 国内
出版社戎光祥出版
構成数 1
パッケージ仕様 -
SKU 9784864035521
ページ数 224
判型 46

構成数 : 1枚

プロローグ――京都のなかの信長の足跡
京都と信長の関係/信長の足跡をたどる/短かった信長の在京

第一章 「武家御用」の時代(永禄十一年~元亀四年)
I 「武家」足利義昭のために(永禄十一年~永禄十三年)
信長の入洛で京中騒動/足利義昭が入った細川亭/信長が入った古津所は何を意味するか/本国寺の変を機に義昭御所を普請/織田弾正忠所はどこか/信長が妙覚寺に移った理由/寄宿先として好まれた日蓮宗寺院/寄宿を支える銭と米

II 京都と元亀争乱(永禄十三年〔元亀元年〕~元亀四年)
諸国の侍に届いた信長の触状/義昭御所に近い半井驢庵所/信長を苦しめた元亀争乱/利息があてられた禁裏様御賄/本能寺がはじめて宿所とされる/徳大寺殿御屋敷、信長の屋敷として普請はじまる/義昭と敵対し洛外を焼き討ち/上京焼き討ちで焼け野原に/焼き討ちされなかった下京/義昭が京都を退去

第二章 「禁中守護」の時代(天正元年~天正九年)
I 「禁中」を守護する右大将(天正元年~天正四年)
信長の申請で天正に改元/浅井・朝倉氏の滅亡で道中が安全に/変わらず妙覚寺を宿所にした理由と「大樹若君」/相国寺を城に構える/「禁中守護」のための相国寺寄宿/妙覚寺本堂の前で出迎える/右大将任官のため上洛/二条殿を移し報恩寺を普請/信長が接収した二条殿御屋敷/義昭御所の解体と信長の思惑/進められた上京の復興/思いのほか早く復興をとげた「西陣」/あたらしい市街地・新在家絹屋町

II 京都と安土の往復(天正五年~天正九年)
信長が二条殿御屋敷へ移る/大雲院御池寺屋敷地割絵図にみる「二条殿御屋敷」跡地/右大臣・右大将辞職の衝撃/織田信忠の上洛と昇進の意図/二条殿御屋敷と安土城の関係/京都・安土間はどのルートを通ったか/二条殿御屋敷での日々/二条殿御屋敷を誠仁親王へ進上したのはなぜか/妙覚寺と本能寺に役割の変化/内裏の要望でおこなわた御馬汰/町人たちによって作られた御馬汰の馬場/二度の御馬汰は大盛況

エピローグ――天正十年、信長最後の上洛と「京都の儀」
生涯最後の正月となった天正十年/信長のもとへ届いた武田氏三人の首/両御所から届いた「将軍になさるべきよし」/最後の上洛/最後の一日、信長の油断/六月二日/「京都の儀」のゆくえ

故地を訪ねて
1古津所跡、細川亭跡、宝鏡寺/2義昭御所跡、妙覚寺跡/3半井驢庵所跡/4徳大寺殿御屋敷跡/5相国寺/6円福寺の前/7二条殿御屋敷跡/8本能寺跡1/9本能寺跡2

  1. 1.[書籍]

〝本能寺の変〟は、なぜ本能寺で起きたのか!?

天下一統を目前に、足利義昭や朝廷との関係に悩む信長。
京都に滞在する必要があるにもかかわらず、信長が京都に拠点をつくらなかった理由とは?
また妙覚寺や本能寺など、なぜ日蓮宗寺院に多く寄宿したのか。
「不幸」だった信長と京都との関係を、宿所の変遷から読み解く。

2018年11月に淡交社から刊行された『宿所の変遷から見る 信長と京都』に加筆・修正し刊行。
『豊臣秀吉と京都』『徳川家康と京都』も順次刊行予定。

作品の情報

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著者: 河内将芳

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