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民主主義の人類史 何が独裁と民主を分けるのか?

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フォーマット 書籍
発売日 2023年11月20日
国内/輸入 国内
出版社みすず書房
構成数 1
パッケージ仕様 -
SKU 9784622096597
ページ数 496P
判型 B6

構成数 : 1枚

はじめに

第I部 初期デモクラシー

1 「民衆による支配」の起源
初期デモクラシーと近代デモクラシー
初期デモクラシーの起源
「初期デモクラシー」は用語として適切なのか
オートクラシーによる代替
なぜヨーロッパは違っていたのか
最初の国家は中国に到来した
イスラムの支配者は国家を継承した
近代デモクラシーの到来
デモクラシーの別の見方
-政治思想
-不平等
-経済発展
デモクラシーの未来
-新しいデモクラシー
-オートクラシーの耐久性
-アメリカのデモクラシーの未来

2 初期デモクラシーは広範に存在した
アテナイの先例
ギリシア世界以外の初期デモクラシー
-メソポタミアのマリ王国
-古代インドの共和政体
-北東部森林地帯のヒューロン族
-メソアメリカのトラスカラ共和国
-中央アフリカの共和主義
初期オートクラシーの例
-ウル第三王朝
-アステカの三国同盟
-インカ
-ミシシッピの首長国
-中央アフリカのアザンデ王国
初期デモクラシーと初期オートクラシーについての幅広い見方
-政治参加
-不平等
結論

3 弱い国家はデモクラシーを引き継いだ
「弱い国家」とはどういう意味か
農業適合性と国家形成
農業の変動性と初期デモクラシー
離脱オプションと初期デモクラシー
-制限か離脱か
-人口密度と会議統治
軍事デモクラシー――支配者が民衆を必要とするとき
官僚機構による代替
官僚機構の起源
結論

4 テクノロジーがデモクラシーを蝕むとき
-中国の「魚鱗」図冊
-アステカの土壌グリフ
-ヨーロッパ人は土壌の理解が遅かった
幾何学と測量の能力
農業技術
-ヨーロッパ人は農業技術で遅れていた
-なぜヨーロッパは集約農業が遅れたのか
文字表記の重要性
-文字表記はどのようにして始まったのか
-文字表記が初期デモクラシーに与えた影響
-アルファベットと複雑な体系との比較
ヨーロッパ人が進んでいた分野――火器のテクノロジー
結論

第II部 分岐

5 ヨーロッパでの代議制の発達
古代の森の自由
-タキトゥスの語るゲルマン人
-マルクローでの集会
ローマ帝国の遺産――国家の不在
初期デモクラシーに有利だった粗放農業
官僚支配に向けたカロリング朝の試み
アングロ☆サクソンの例外
すべての人に触れること――同意の理論
コミューン運動――下からの代議制
-コミューン運動はアリストテレスの再発見から生まれたのではなかった
-商業革命の影響
-中央国家の官僚機構の不在
政治的代議制の理論
委任の重要性
オートクラシーに向けたフィリップ四世の試
-フィリップ四世の議会
-フィリップ四世には国家がなかった
プロイセン流の代替
結論

6 官僚機構による代替としての中国
商によるオートクラシーの確立
周王朝と天命
なぜ中国はオートクラシーへの道をたどったのか
-初期中国は「水力」社会ではなかった
-高収量の農業が違いを生んだ
-官僚機構の誕生
同意の道はとられなかった
-初期中国の支配者は集会に依存することがあったか
-功績と退位の理論
秦と漢による統一の重要性
科挙の制度
中国にも商業革命があった
モンゴルの征服者は自らの集会の伝統を放棄した
明の復古路線

結論

7 どのようにしてデモクラシーはイスラム世界から消えたのか
イスラム教以前の初期デモクラシー
協議原理としてのシューラー
ウマイヤ朝による王朝支配への移行
国家の継承
正義の環
ビザンツ帝国の遺産
アル・アンダルス
イスラム型デモクラシーの消滅
耐久性の問題

8 デモクラシーと長期的な経済発展
オートクラシーは始めがよくてあとが良くない
中国とカリフ国はソヴィエト連邦ではなかった
中国のオートクラシーの可能性と危険性
イスラム黄金時代の権力と繁栄
ヨーロッパの弱いオートクラシーと経済成長
ヨーロッパの初期デモクラシーと成長
結論――デモクラシーの影響は曖昧

第III部 近代デモクラシー

9 なぜイングランドは違っていたのか
ローマ時代からの背景
ハンドレッドとシャイア
賢人会議
ノルマン人は国家を継承した
マグナ・カルタは(当初は)重大事件ではなかった
ジョン王の「重税」はそれほど重くなかった
イングランドが真のパイオニアだった分野――委任をなくす
テューダー朝の専制政治と善き統治
議会優位の二つの顔
-議会優位の第一の顔──高い国家能力
-議会優位の第二の顔──オートクラシー的行政府
イングランドとオランダ共和国との違い
イングランドは近代デモクラシーへの移行を完遂できなかった
結論

10 アメリカのデモクラシー、そして奴隷制
-マサチューセッツ
-ヴァージニア
-メリーランド
広範な(白人男性)参政権
アメリカの奴隷制度の起源
アメリカの他地域での展開
-ラテンアメリカとの比較
-ヌーヴェルフランスの場合
合衆国における近代デモクラシーの到来
-代表者は委任に縛られなくなった
-選挙の頻度が下がる
-中央が課税と戦争遂行の権限を獲得する
-近代デモクラシーへの初期の批判
市民を遠くの国家とつなぐ
結論――近代デモクラシーの発明

11 近代デモクラシーの広がり
デモクラシーの広がりをチャート化する
デモクラシー、ヨーロッパに至る
-思想の炎が燃え広がったのか?
-ヨーロッパは豊かになったからデモクラシーになったのか?
-弱い国家という遺産
-議会と投票という遺産
-参政権の拡大──1人1丁1票
-女性投票権
-デモクラシーにはエリートが恐れたほどの危険はなかった
-フランスの農民──元祖・嘆かわしい人たち
なぜ中国はデモクラシーにならなかったのか
-議会統治の遺産がない
-帝政国家の遺産
-商業革命はコンセンサス統治をもたらさなかった
-中国共産党は繰り返しデモクラシーに言及している
ロシアはデモクラシーになれなかった
-初期のロシア議会
-官僚機構による代替の構築
世界最大のデモクラシー
デモクラシーはどのようにしてアフリカに広まったか
-独立の太陽
-デモクラシーの新たな波
-国家の弱さという遺産
近代デモクラシーの驚くほどの広がり

12 デモクラシーの実験は続く
遠い国家という問題
-大きな共和国に関してジェームズ・マディソンは間違っていたのかもしれない
-不信感と遠い政府
-不信感への対処
-初期デモクラシーへの回帰がいいのか
強い国家という恐怖
-アメリカ合衆国での強い国家のリスク
-先後配列の重要性
-官僚機構による代替としての中国
楽観論と悲観論、それぞれの理由

謝辞

索引
原注
参考文献
図表一覧

  1. 1.[書籍]

「政治体制にかんする、近年でもっとも重要な書だ」
スティーブン・レビツキー(ハーバード大学教授|『民主主義の死に方』)

「民主主義の長い歴史を学ぶために……この魅力的な本は最良の選択肢だ」
ダロン・アセモグル(MIT教授|『国家はなぜ衰退するのか』)

「刺激的な説得力が、本書の魅力の一つだ」
『エコノミスト』誌

「わたしたちが今どこにいて、これからどこへ向かうのかを理解するためには、視界を広げてデモクラシーのディープ・ヒストリー deep history に目を向ける必要がある……わたしが疑問に思ったのは、なぜヨーロッパは中国や中東と比べて根本的に異なる政治軌道をたどってきたのか、ということだった……皮肉なことだが、ヨーロッパの後進性こそが、近代デモクラシーの起こる基盤となったのである……」(本文より)
ニューロン族や中央アフリカなどの初期デモクラシー(民主)を、古代中国、メソポタミア、アステカのオートクラシー(専制)と比較することで、民主主義が生き残る条件を探求。さらには、なぜ初期デモクラシーがアングロ-アメリカにおいて近代デモクラシーに変質したのかを明らかにする。
壮大な人類学的スケールで民主主義の変貌を定量的に分析し、デモクラシーの未来をも描き出す。

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