20世紀フランス芸術の異才ジャン・コクトーが生み出した美しき夢幻のミラー・ワールド

『美女と野獣』
時代を超えて何度も映像化され、愛され続ける御伽噺＜美女と野獣＞を初めて実写化したのはコクトーだった。当時の恋人で長年の公私におけるパートナー、ジャン・マレーを野獣/王子に抜擢し、息をのむほど艶やかで仄かな官能が香りたつ幻想譚を生み出した。豪奢なコスチュームや耽美で独創的なインテリアといった、魅力的な美術デザインを担当したのはディオールやシャネルとも仕事を重ねたクリスチャン・ベラール。コクトーが表現しようとしていた、ギュスターヴ・ドレの挿絵の世界と映画を結びつけることに成功した。
幻想的なモノクローム撮影はW・ワイラーの『ローマの休日』やW・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』で知られる名匠アンリ・アルカン。

『オルフェ』
死んだ妻に会うために冥界へ向かう男の悲恋を描いたギリシャ神話のオルフェウス神話もコクトーの手にかかれば、1950年代のパリにて、死の王女に思いを寄せる詩人の物語へと変身する。鏡というアイテムが冥界へと続く扉となり、恐ろしくも優雅な旅路へと誘う。またカーラジオから流れる詩などミステリアスかつ耽美な要素が散りばめられつつ、死神の付き人を思わせる黒装束のバイカーや街中での追走劇など当時の風景の中で描かれ、活劇としての魅力にも溢れる。
主人公オルフェを演じるのはジャン・マレー。死の王女役には『ブローニュの森の貴婦人たち』、ジェラール・フィリップと共演した『パルムの僧院』で知られるマリア・カザレス。異界の美しい住人を圧倒的な存在感で演じている。

『詩人の血』
コクトーが映画というメディアで初めてイマジネーションをあますことなく解き放った記念すべき作品にして、サルバドール・ダリ×ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』と並ぶアヴァンギャルド・クラシック。四つのエピソードからなる本作にはギリシャ神話の要素や鏡、雪合戦といった後の『オルフェ』や小説「恐るべき子供たち」につながる描写が散りばめられ、挑戦的な特殊効果によって事物が神秘的に息吹くさまを表現した。場所や時を自由自在に選び、舞台を作り、夢を記録し、死まで飛び越えて浮遊する。
「ぼくは目に見えるぼくの血と、目には見えぬ血、肉体の血と魂の血でこの映画を作りました」─コクトー(アンナ・ド・ノアーユに宛てた手紙より)。
衣装はココ・シャネル。