| フォーマット | 書籍 |
| 発売日 | 2014年07月10日 |
| 国内/輸入 | 国内 |
| 出版社 | 水曜社 |
| 構成数 | 1 |
| パッケージ仕様 | - |
| SKU | 9784880653433 |
| ページ数 | 94 |
| 判型 | B5 |
構成数 : 1枚
デカルトを嚆矢とする機械論的世界観の登場は、人間を機械と見做し、世界を動かす物理的なシステムの構成要素、いわば歯車に還元した。歯車と最も遠くにあると思われていた人間が、歯車そのものになってしまったのである。歯車でありかつ歯車でないもの。近代以降、現代に至るまで、人間は、この相容れない両輪の、いわば「また裂き状態」に置かれ続けている。
このまた裂き状態のなかで、われわれに対し「新たな人間」という概念を模索する必要性を問うたのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災であった。地震・津波・原発事故が、われわれに突きつけたものは、機械としての歯車から、自然である歯車への構造転換だ。今こそまた裂き状態からの脱却が求められているのだ。
3.11から3年、未だ被災地の復興は道半ばであるが、すでにあの時の記憶は風化し始めている。それとともに、3.11が投げかけた「新たな人間」という問いかけも風化し始めているのではないか。だからこそ、もう一度、3.11が突きつけた問題、すなわち「人間」そのものを、自然と科学との関係から問い直さねばならない。
弊誌は今号で、100号を迎える。この記念すべき号で、人間再考の第一歩としたい。
人間は生き物であり、自然の中にある……科学者と共につくる生命論的世界観
・中村桂子(JT生命誌研究館館長)
科学技術が自然と向き合っていない。東日本大震災で明らかになったのは、この事実であり、現代の科学文明が抱える問題は、おしなべてこの事実に集約できるだろう。科学が生まれ、そこから開発された科学技術によって進歩を続けてきた近代。16,17世紀の科学革命を経て、自然を一種の「機械」と見なす機械論的世界観が近代を形付けてきた。機械論の特徴は、一切を数値化するところにある。徹底した数値化は、自然を操作可能な対象へと変えてしまった。要するに、自然を「死物化」したのである。私たちは、今一度自然と向き合い、自然を生き返らせることだ。それは、近代の機械論的世界観から生命論的世界観への転換を意味する。
人間が生きものであり、自然の中にあると考える立ち位置を決め、そこに足場を置き、科学がつくってきた世界観を科学者の立場から問い直すこと。東日本大震災後の人間観について、主に科学と人間のかかわりから考察する。
人間の自由、あるいは思考のための退屈のススメ
・國分功一郎(高崎経済大学経済学部准教授)
國分氏は、著書『暇と退屈の倫理学』で、「退屈と気晴らしが入り交じった生、退屈さもそれなりにあるが、楽しさもそれなりにある生、それが人間らしい生」だと言う。そして、楽しむことは思考することにつながると断言する。楽しむことも思考することも、どちらも受け取ることにおいて同じであり、人は楽しみを知っている時、思考に対して開かれているというのだ。
退屈とどう向き合っていくかという問いは、あくまでも自分…

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