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クラシック
CDアルバム

ジェズアルド: マドリガーレ集第6巻

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構成数 : 1
合計収録時間 : 00:00:00

【曲目】
カルロ・ジェズアルド(1566-1613):
1. もし、わたしの死がお望みなら
2. 美しきひと、きみがわたしを
3. 泣いているのかい、愛しいフィッリ
4. やめてください、わたしを弄ぶのは
5. 明るい光を放ってやまない、いつも
6. 「もう行きます」――それはいやだ、と
7. 千度でも、日は死にゆく
8. おお、うるわしき、わが宝のごときひと
9. ああ...ただ徒(いたず)らに溜息をつき
10. わたしはただ溜息をつくだけ
11. その心は、恋神にも不誠実
12. 汚れない、みずみずしい花
13. 血潮あつき羽虫め
14. わたしは身を焦がす、あなたゆえに
15. いのちを奪えるのは、死神だけ
16. その「いや」はなんと残酷に
17. わたしは死ぬ、ああ、わたしの悲運ゆえに
18. 飛んでゆこう、蝶々のように *
19. わたしが喜んでいると、天はおだやかに安らぎ *
20. きみはついていってしまう、ああ、美しいクローリ
21. それでもまだ、あなたを愛するために
22. かつて苦しみのうちにあったのに
23. あなたが微笑み、きれいでいると

【演奏】
コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
ハナ・ブラジコヴァー、バルボラ・カバートコヴァー(ソプラノ)
マルニクス・ド・カット(アルト=カウンターテナー)
トーマス・ホッブズ、デイヴィッド・マンダーロー* (テノール)
ペーター・コーイ(バス)
トーマス・ダンフォード(リュート)
フィリップ・ヘレヴェッヘ(指揮)

【録音】
2015年8月1-3日
サン・フランチェスコ教会、アシアーノ
(イタリア中部トスカーナ地方)

輸入品番: LPH024
日本語解説・歌詞訳(旧国内盤LPH024の改訂版): 白沢達生

  1. 1.[CDアルバム]

作品の情報

商品の紹介

ジェズアルド芸術のあまりにも特異な到達点、その真価を伝える天才集団の金字塔録音。 (C)RS
JMD(2021/11/06)

ジェズアルド芸術のあまりにも特異な到達点、その真価を伝える天才集団の金字塔録音

今でこそ現代楽器オーケストラとともにドヴォルザークやストラヴィンスキーの大作声楽曲も披露するフィリップ・ヘレヴェッヘですが、彼の出発点は古楽のア・カペラ合唱指揮であり、そこで培われた明敏な響きへのこだわりが、以後のピリオド楽器によるバロック以降の作品解釈の素晴らしさにも結実していったと言えます。その原点ともいえるルネサンス作品に、経験を重ねた現在もなお定期的に取り組んでいることは見逃せません。2010年に始動した彼のプライベート・レーベルPhiでの極めつきとも言える偉業、イタリア・ルネサンス末期の異才カルロ・ジェズアルド晩年の集大成的曲集3作の録音は、どれをとっても他の追従を許さない抜群の仕上がり。2012年録音の宗教曲集『聖週間のためのレスポンソリウム』2枚組(LPH010/NYCX-20007)に続いて録音されたジェズアルド最後のマドリガーレ集は、5人の歌手とリュート奏者という極小編成の精鋭陣が、深い信頼で結ばれたヘレヴェッヘの克明な作品解釈を形にしてゆく稀有の名演。いずれ劣らぬ名歌手たちが圧倒的な和声感覚で声を重ねながら、歌詞の言葉一つ一つを明確に浮かび上がらせ、隅々まで考え抜かれた解釈を1曲ごと稀有の小宇宙に凝縮してゆく、聴き深め甲斐のある内容に仕上がっています。世界から絶賛されたこのアルバムは、レスポンソリウム集および2021年10月に発売され早くもシーンを騒がせつつある『マドリガーレ集第5巻』(LPH036/NYCX-10241)とともに、ジェズアルド晩期3大作の金字塔的録音といってよい名盤。
解説全訳の再校訂を添付して国内仕様盤を再発売いたします。
ナクソス・ジャパン
発売・販売元 提供資料(2021/10/28)

フォーマット CDアルバム
発売日 2021年12月10日
国内/輸入 輸入盤:国内流通仕様
レーベルPHI (φ)
構成数 1
パッケージ仕様 -
規格品番 NYCX-20008
SKU 4589538774554

メンバーズレビュー

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ベルギー人演奏家は、特に歌手に、私には秀抜と感じて感銘を受ける音楽家が複数いる。その中でも、ベルギー人音楽家の代表は、私にはヘレヴェッヘ氏だった。古楽を意識的に聴き出して数年経った頃、聴き通せる演奏が少なく限られていた中、Jean Gilles〈Messe des requiem〉(DG Archiv 4717222 etc.)を愛聴した。音楽史を殆んど知らなかった頃から、ベルギーが古楽大国(タワレコ渋谷店のPOPより)と知り、フランドル楽派の源流であり、ジョスカン・デ・プレらルネサンス期の代表作曲家を輩出、伊ルネサンス時期の音楽はフランドルが中心で、ロ―マ教皇庁の音楽隊にもフランドルの音楽家を招く状態だったと知り得るようになった。

ジュズアルドという作曲家は、妻殺し―当時のナポリ王国では、不貞の妻に対する貴族の男として至極まっとうなけじめの付け方という一般的認識(J.V.デュルメ 本盤解題)―という点で、長い間食わず嫌いだった。鑑賞を決めてから、耳を啓く演奏を探すと、ヘレヴェッヘ氏指揮の演奏が秀逸に聴こえ、伊人作曲家作品は伊人の指揮と演奏で聴きたいと思うが、ジュズアルドは邂逅と自分の感性でヘレヴェッヘ氏の録音に決めた。女声高音部の美しさ、旋律と声部で描き出す曲の姿が、私には明瞭に感じられた。門外漢の私は、曲に施された技巧よりも感性で聴くことを余儀なくされるため、頭打ちの感があるが、気に入ると重聴、生活の中で寄り添い気づきを与えてくれるようになる。趣味の良さと、独特の曲調―“あれほど身をよじるような”(J.V.デュルメ 本盤解題)―と身を斬るような歌詞が、仮借ない心理状態に心地好い。

歌詞と共に聴くと、聴こえ方が変幻し、曲の作品世界が響映(島内裕子)する。

Tr.1 〈もし、わたしの死がお望みなら〉の4行目の歌詞 “Ma se vuoi ch'io non t'ami/けれどもし、愛してくれるなというなら”を聴くと、

世語りに 人や伝へん たぐひなく うき身を覚めぬ 夢になしても
(源氏物語 若紫 藤壺の宮の返歌)

の場面が思い出された。“御文なども例の御覧じ入れぬよしのみあれば”と地の文が続く。
継母 藤壺の宮と密通後、光源氏が拒否されるくだりである。

カルロ・ジェズアルドCarlo Gesualdoの誕生日(1566年3月8日)に。
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