昭和3年世界初録音の凄演!フーベルマンのチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲。 (C)RS
JMD(2021/08/28)
昭和3年世界初録音の凄演!
フーベルマンのチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
フーベルマンと言う名前から、昭和初期の超絶技巧を誇るヴァイオリニストである事を知りその演奏を耳にした事のある人は極く少数だと思っています。今でも広く知られている歴史的なヴァイオリニスト・クライスラーと同時期に活躍していて、1882年にポーランドで生まれ10歳の頃に名匠ヨアヒムに短期間師事したのみで、13歳の時にウイーンのムジークフェラインザールで作曲者を前にしてブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏し、終演後にブラームスは彼を抱き締めて「美しい演奏」と褒め讃えたと言われています。
その後卓抜したヴァイオリニストとしてベルリンを中心に活躍しましたがナチスが政権を取るとドイツを離れ、盟友である指揮者スタインベルグと共にパレスティナ交響楽団(現イスラエルフィル)を創設、第2次世界大戦中はアメリカで活動して戦後スイスに戻って他界しました。彼はラッパ吹き込みの時代にも小品のレコードを幾つか残している様ですが、電気吹き込みの時代に入って1926年のクライスラーのメンデルスゾーン/ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲に続いて1928年にチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の世界初録音を世に送り出しました。
フーベルマンの演奏はあきれる程に濃厚なポルタメント、大波からさざ波まで多様に変化するヴィブラート、韋駄天の様に駆け抜けるスピッカート、そして妖艶さと清楚さを兼ね備えた弱音のレガートが挙げられますがが、これはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲にはまさに得って付けであり、殊に早いパッセージの演奏能力は鉄人ハイフェッツを遥かに凌いでいて、フーベルマンのものはより早いテンポでも破綻がなく自在な加速減速が伴っているので、平家物語で語られている須磨一の谷合戦での、義経の鵯越えでの雪崩の様な逆さ落としを思わせる迫力を聴かせてます。そして1934年にはジョージセル指揮ウイーンフィルとラローのスペイン交響曲を録音しました。これもチャイコフスキーの協奏曲と肩を並べる凄演であり、2013年にそれらのSPレコードを入手してGHA蘇刻を施し、KSHKO-40としてリリースしました。そのCDは国内では評論家の先生には相手にされませんでしたが8年を経てほぼ在庫がなくなり、その間にGHAの性能は飛躍的に向上し状態の良いSPレコードも入手出来たので、KSHKO-88として再リリースしました。この盤では周波数帯域が7kHzまで拡がったのでLPレコードに遜色のないサウンドを楽しめます。
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発売・販売元 提供資料(2021/08/26)
◎制作者紹介:村岡輝雄
1967年九州大学大学院を卒業。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、その後は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化研究を行ない、現在、独立研究者としてサウンド工学の研究を行ない併せて歴史的貴重音源の蘇刻・CD化を行なっている。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで日本ビクター(株)に入社後はプロ研究者に転向。入社後10年以上に亘って録音スタジオやレコード技術部門と連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、4チャンネルレコードCD-4の基本設計とレコードカッティング/トレシング歪みの研究で工学博士を取得。ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理研究に取り組み、非調和周波数解析GHAの研究と実用化を行なった。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加し、業務で修得した録音技術を駆使して250枚以上のCDを制作して今日に至っている。
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発売・販売元 提供資料(2021/08/26)