驚異的な成功を収めたデュオ、ゴフィン/キング、バリー/グリニッジ、またはマン/ワイルと同様に、ピーター・アンダースとヴィニ・ポンシアもブリル・ビルディング時代の作曲学校を卒業した。高校時代からの友人であるアンダースとポンシアは、ロードアイランド州プロビデンスのヴォーカル・グループ、ザ・ヴィデルズのメンバーとしてデビューし、セカンド・シングル「ミスター・ロンリー」(アンダース・ポンシア作)が全米でスマッシュ・ヒット(キャッシュ・ボックスとビルボードで73位)を記録。デュオの傑作であるザ・トレード・ウインズの『ニューヨークズ・ア・ロンリー・タウン』が伝説的なレーベル、レッド・バード(ジョージ・ゴールドナーとソングライターのジェリー・リーバー、マイク・ストーラーによって1964年に設立)からリリースされるまでには、さらに5年かかることになる。東海岸の(カリフォルニアが形作った)サーフ・ミュージック・アンセムであるニューヨークの「ア・ロンリー・タウン」は、フィル・スペクター(アンダースとポンシアはザ・ロネッツ、ザ・クリスタルズ、ダーリーン・ラブの曲も書いていた)とビーチ・ボーイズの両方に感銘を与えた。ザ・トレード・ウィンズやザ・イノセンスとしてアルバムをリリースし、カーマスートラやブッダ・レコードのためにさまざまな名目で数多くの曲を書いてリリースした後、アンダース&ポンシアは1969年にワーナー・ブラザースと契約。プロデュースはリチャード・ペリー(キャプテン・ビーフハート、ファッツ・ドミノ他)、セッション参加者のロサンゼルス A チーム (後に「ザ・レッキング・クルー」として知られる) をフィーチャーした彼らの唯一のアルバムには、10曲のオリジナル曲とリーバー & ストーラーの「スモーキー・ジョーズ・カフェ」のバージョンが収録 (ライ・クーダーによる素晴らしいボトルネック・ギターも聴ける)。これらの輝かしく強力な11曲は再発見の機が熟している。
発売・販売元 提供資料(2024/01/15)