ドレスデン・フィルに空前の黄金時代をもたらしたミヒャエル・ザンデルリンク渾身のショスタコーヴィチ全集(11枚組BOXセット)、遂に完結。
古典派までは対抗配置の軽快かつ透明なピリオド・スタイル、ロマン派以降は通常配置の重厚なロマン派様式と、演奏する作品によってオーケストラの配置も含めた演奏スタイルを根本的に変化させ、作品に最も適した表現を持ち込む――これがドイツの名指揮者クルト・ザンデルリンクの三男で、現在ヨーロッパで最も熱い注目を集める指揮者ミヒャエル・ザンデルリンクがドレスデン・フィルで確立した方法論といえましょう。
その成果はこのコンビが2015年から始動したベートーヴェンとショスタコーヴィチの交響曲全曲録音プロジェクトに存分に盛り込まれています。「ベートーヴェンは西洋音楽の根幹の一つである交響曲を完成させた作曲家であり、一方ショスタコーヴィチは交響曲というジャンルの締めくくりを宣言した作曲家である」というザンデルリンク独自の視点をもとに進められてきたこの録音プロジェクトは、これまで「第6番《田園》と第6番」、「第3番《英雄》と第10番」、「第1番と第1番」、「第5番と第5番」、「第9番《合唱》と第13番《バービイ・ヤール》」という独自のカップリングによる5組のアルバムが発売され、両方の作曲家が共有する魅力的な側面を明らかにしてきました。そして2018年9月には一足先にベートーヴェンの交響曲9曲が全集としてまとめられ、さらに今回、彼の退任に合わせてリリースされるのが、これまで未発売だった10曲の交響曲を含むこの「ショスタコーヴィチ:交響曲全集」です。一人の指揮者が同一オーケストラとこれほどの短期間にベートーヴェンとショスタコーヴィチの交響曲全曲を録音したことはおそらく過去に例がなく、その意味でもM.ザンデルリンク入魂のプロジェクトといえるでしょう。
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ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2019/05/17)
ミヒャエル・ザンデルリンクの父クルトは、ソ連時代から生前のショスタコーヴィチと深い親交があり、東ドイツに移ってからもショスタコーヴィチの作品を積極的に演奏し続けた(録音も第1・5・6・8・9・10・15番が残されています)。ミヒャエルの生まれた1967年の時点でショスタコーヴィチはすでに交響曲第13番までを書き上げていたことになります。ミヒャエルにとっては自分の成長とともに歩んできた音楽であり、他の音楽家には成し得ない独自の関わりを保ってきた作品でもあるのです。ピリオド演奏スタイルを徹底的に貫き、早めのテンポと軽めの響きで、各声部が織りなす綾を透明に浮かび上がらせたベートーヴェンとは異なり、ドレスデン・フィルのいぶし銀の響きを極限まで生かし、「重厚」と「諧謔」の対比を見事に描いています。そこにはファシズムと戦争の影が背後にある環境の中で作曲された「悲歌」や「孤独」が隠されており、そうした秘密のメッセージを浮かび上がらせる独自の解釈は、ショスタコーヴィチ演奏の可能性をさらに拡げるものといえましょう。優れた音響効果で定評のあるルカ教会とリノヴェーションされて最新鋭のコンサートホールとして生まれ変わったクルトゥーアパラストの2か所でセッションをメインに収録されており、緻密に仕上げられている点もこの新たなショスタコーヴィチ全集の魅力の一つです。
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ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2019/05/17)
『ショスタコーヴィチの音楽は、演奏家としての私の人生に最も根本的なやり方で影響を及ぼしてきた。私が若いチェロ奏者で室内楽奏者だった頃、私はこの音楽と親密な関係を結ぶことができた。それからオーケストラの奏者となり、のちに指揮者になると、私はたびたびその虜となり、幾度となくその強力な催眠術的パワーを実感した。私がショスタコーヴィチの音楽と初めて出会うきっかけを作ったのは私の父だった。昔を振り返って考えてみると、父はよくショスタコーヴィチの楽譜を家に持ち帰ってきたが、そのことがショスタコーヴィチの音楽を私たち家族の中に根づかせる上で大きな役割を果たしたように思う。
父がショスタコーヴィチの作品のリハーサルを行う時にはいつも、その作品の真の意味に父が近づき過ぎてしまうという危険がつきまとっていた。父が作品の背景を過剰とも言えるほどの明晰さで説明すると、いつも必ず誰かがそれを採り上げて、その筋の人間に伝えていたからだ。われらが密告者(仮に「ジョン」と呼んでおこう)は、私たち一家がヴォルコフ一派と通じているのではないかと疑っていた。ヴォルコフ一派とは、ソロモン・ヴォルコフが編纂したショスタコーヴィチの回想録が基本的に信頼の置けるものだと信じ、それに従ってショスタコーヴィチの音楽を解釈した人々のことである。ショスタコーヴィチの音楽はいろいろな方法で暗号化されて――例えば引用という手法によって、あるいはわざと誤解を招くように記されたメトロノーム記号や楽章タイトルによって――いるのだが、ヴォルコフの本はそのような音楽の内容を暴く手助けとなっていた。だがジョンにしてみればそれはまさに「反ソヴィエト主義、反共産主義が表れたとりわけ危険な例」であり、「社会主義システムに向けられたあからさまに大衆煽動的なプロパガンダ」そのものだった。』(M.ザンデルリンク)
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ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2019/05/17)
ショスタコーヴィチとベートーヴェンの交響曲ツィクルスを、組み合わせながら同時進行させる野心的試みに挑戦したミヒャエル・ザンデルリンク率いるドレスデン・フィル。いち早く全集リリースしたベートーヴェンに続き、残り10曲を一挙に新収録してショスタコーヴィチも全集にまとめ上げた。収録の最後となった第15番のセッションは先の大戦でドレスデン空襲を受けた日にも組まれた(演奏会も挙行)。ショスタコーヴィチと父クルトとの友誼は、ザンデルリンク家にある種の宿命的縁をもたらし、三男ミヒャエルも少年時に邂逅を果たす。そういった背景のもとに語られるこの一組は、傾聴することでその重みが体感される。
intoxicate (C)森山慶方
タワーレコード(vol.140(2019年6月10日発行号)掲載)