ブロッホが「マダム・シェロモ」と讃えた名チェリスト、ザラ・ネルソヴァ名演集(10枚組)

ロシアの血をひく女性チェロ奏者、ザラ・ネルソヴァは1918年12月23日、カナダのウィニペグに生まれました。音楽家だった父から幼少の頃より音楽の手ほどきを受け、1928年に家族でロンドンに移住し、その間、ロンドン・チェロ学校で学び、同校の校長ハーバード・ワーレーンに師事しました。わずか12歳でデビューするという天才ぶりを発揮し、ネルソヴァの演奏を聴き感銘を受けたバルビローリがカザルスを紹介し、カザルスよりレッスンを受ける機会を得ました。第2次世界大戦の戦火を避けるため、1939年に帰国し、トロント交響楽団の首席チェリストとなりました。1942年にはニューヨークでデビューし、ピアティゴルスキーやフォイアマンといった世界の名だたるチェリストと親交を結び、ソリストとして確固とした地位を築きました。その後、欧米で活躍したネルソヴァですが1955年にアメリカの市民権を取得し、1962年から晩年までジュリアードの音楽学校の教授として在籍し後進の育成に力を注ぎました。2002年10月10日、ニューヨークにて亡くなりました。ネルソヴァの全盛期は1940～60年代で、モノラル時代には英デッカ、ステレオ時代には米ヴァンガードと契約して、スケールの大きな技巧と豊麗な音色を駆使したロマンティックな名演を残しました。

このメンブランの廉価BOXはネルソヴァの生誕100年を祝うもので、英デッカ時代のモノラル録音と、2015年に初CD化された1956～60年のベルリンでの放送録音(モノラル)を組み合わせて、バッハからバーバーに至る、彼女の広範なレパートリーをまとめています。

英デッカ録音では、まずバーバー【Disc 9】やブロッホ【Disc 10】が自作の指揮を受け持っているのが貴重。バーバーのチェロ協奏曲では第2楽章の感動的なアダージョが聴き物です。ブロッホは「ユダヤ人の生活」を指揮しています。彼は彼女を「マダム・シェロモ」と呼ぶほど自作品の演奏者として高く評価していました。その「シェロモ」は名匠アンセルメが指揮を受け持っています。また、ラフマニノフのチェロ・ソナタ【Disc 8】は彼女のロマンティックな気質と器量の大きさが見事に作品にマッチした名演です。

ベルリンでの放送録音ではバッハの無伴奏【Disc 1】が、カザルスの名盤に似た、人間の息吹を感じさせる名演で、ロマンティックな思念の深さ、音色の翳り、豊かな音楽性に酔わされます。いや、バッハだけでなくベートーヴェン【Disc 3】、ブラームス【Disc 5】のソナタも実に味わい深い音色と演奏であり、フランスの近代曲ミヨー【Disc 8】での冴えた技巧とリズムまで、彼女の多彩な表現力に驚かされます。

ザラ・ネルソヴァという素晴らしい芸術家のエッセンスをコンパクトに、廉価にまとめた名BOXというべきでしょう。 (C)板倉重雄

タワーレコード （2018/07/05）