"チェロの女王"ワレフスカの2014年新録音が登場!門外不出の恩師ボロニーニ作品も6曲収録
2010年に36年ぶりに来日し、そのスケールの大きな技巧と豊かな音色、洗練された感覚を併せもった演奏により話題を呼んだクリスティーヌ・ワレフスカ(1948~)。ロサンジェルス出身の彼女は、父親からチェロの手ほどきをうけ、8歳のときトスカニーニが「世界最高のチェリスト」と呼んだチェロ奏者、エニオ・ボロニーニ(1893~1979)、13歳のときに大チェリストのグレゴール・ピアティゴルスキー(1903~1976)に師事しました。とくにボロニーニからは、チェロの超絶技巧で書かれた自作の演奏を唯一許された演奏家として、その自筆譜を受け継ぐこととなります。
13歳でワシントン・ナショナル交響楽団のコンサートでデビュー。16歳でパリ国立高等音楽院に留学しモーリス・マレシャル(1892~1964)に師事し、アメリカ人として初めてチェロと室内楽のプルミエ・プリ(一等賞)を獲得し、卒業しました。
1970年、インバル指揮モンテカルロ・フィルと共演したシューマンのチェロ協奏曲、ほかでフィリップスよりメジャー・デビュー。ヴィヴァルディ、ハイドン、ドヴォルザーク、サン=サーンス、プロコフィエフ、ハチャトゥリアンといった主要な協奏曲を録音しました。現在はタワーレコード限定盤(PROC-1092)で全て聴くことができます。
その後、結婚生活を送ったアルゼンチンを拠点に中南米を中心に演奏活動を行い、カストロ政権下のキューバで初めて演奏を行ったアメリカ人ともなりました。日本へは1974年、2010年、2013年に来演し、その妙技を披露しています。(1/2)
タワーレコード(2015/10/26)
今回のディスクは2014年6月にカナダで録音された17曲のチェロ小品を収めたもので、ピアノは2010年来日公演での共演以来、深い信頼で結ばれている福原彰美(1984~)が務めています。
注目は収録曲の約1/3を占めているボロニーニの作品でしょう。ボロニーニはヴァイオリンの巨匠パガニーニのように、自らの秘技が広く知られることを嫌い、その作品を出版せず、「お前だけが弾くように」と自筆譜を全てワレフスカに託したのでした。ここに収録された、「エコー・セレナーデ」、「アダージョ」、「チェロの祈り」、「ガウチョ・セレナーデ」、「バスクの祭り」、「アヴェ・マリア」の6曲は、チェロという楽器の特長が存分に発揮され、かつ彼女の素晴らしい演奏技術と音楽性を隅々まで披露することのできる名曲揃いです。
「エコー・セレナーデ」(無伴奏)でのピチカート、アルペッジョ、フラジョレットの鮮やかな切れ味と深い音の両立は彼女ならでは。カンタービレの部分での大きく弧を描くような旋律の歌い方と豊かなヴィブラートからは、実演で接したときの彼女の長い腕と長く力強い指が思い出されます。
「アダージョ」(無伴奏)はロッシーニの《ウィリアム・テル》序曲冒頭のような独白と翳りをもつ作品で、それがダブル・ストッピングにより自問自答となるのが音楽的にも技巧的にも聴き物です。
ピアノ伴奏つきの「チェロの祈り」は、チェロの低弦から高弦まで幅広く使った緊迫感あふれるカデンツァに始まり、主部では一転してロマンティックな感情がいっぱいに羽ばたきます。彼女の歌心と気品高い音楽性に酔わされます。
「ガウチョ・セレナーデ」(無伴奏)は南米の民族音楽をチェロに移した楽しい作品で、ピチカートとアルペッジョによる陽気なリズムと明るい色彩、情感豊かな歌が対比されます。
「バスクの祭り」(無伴奏)もラテン的な気質が横溢した作品で、やはりリズムと歌が交錯し、マルテラートやダブル・ストッピング、フラジョレットを駆使したいっそう技巧的な作品となっています。
アルバムのラストに収録された「アヴェ・マリア」の深々としたメロディと音色、カンタービレの美しさも格別で、ボロニーニ作品がこのCDでしか聴けないことを考えれば、それだけで大きな価値をもったCDと言えるでしょう。
また、11曲目に入ったグローフェ作曲の「クリスティーヌ」は1969年にグローフェがワレフスカのために書いた珍しい作品です。暖かな親密さに溢れた主部と、対照的な2つの中間部をもった旋律の美しい作品です。
もちろん、ペルゴレージからピアソラまで幅広い時代と地域から名曲を選り抜いた他のチェロ小品の数々も、ワレフスカのゆとりのあるテクニックと多彩な音色、深々としたカンタービレを味わうことのできる名演揃いです。福原彰美のピアノも美しい音色と洒落たセンスを併せ持ち、とくに14曲目のラヴェル作曲「ハバネラ風の小品」などはチェロともども十分に個性を発揮しつつも見事な合奏となっているのが秀逸です。
チェロ小品集の名曲名盤として、多くの方に聴いて頂きたい1枚です。(2/2)
タワーレコード(2015/10/26)
<クリスティーヌ・ワレフスカ>
ロサンゼルスで生まれ、父親からチェロの手ほどきを受け、8歳の時に、巨匠チェリスト、エニオ・ボロニーニの前で演奏。ボロニーニ夫人が「この小さな女の子は将来素晴らしいチェリストになるわね」というとボロニーニは「彼女はすでに素晴らしいチェリストだ」と絶賛したと言われている。13歳でアメリカ楽壇にデビューし、16歳でフランスのパリ音楽院へ留学しM.マレシャルに師事(後にフルニエの下でも学んだ)。アメリカ人として初のチェロと室内楽で1等賞を取り卒業した後、ヨーロッパ、南北アメリカで数々の演奏活動を行う。1970年にフィリップス・レーベルからシューマンの協奏曲などをリリース。
日本では1974年、2010年、2013年と来日コンサートを行い、2014年台湾でもコンサートを行い好評を博す。2015年もアルゼンチン、スイス、イタリア、オーストリア、米国などでコンサートを行い、チリのインターナショナル・チェロ・コンペティションの審査委員長を務める。使用楽器は1740年製ベルゴンツィ。
タワーレコード(2015/10/26)
選曲、演奏、録音とも飛びきりの1枚だ。2010年に36年ぶりに来日し、その圧倒的なテクニックと豊かな音色、洗練された音楽性で聴衆を魅了したワレフスカの2014年新録音。注目は17曲中6曲を占めるボロニーニ作品である。彼はトスカニーニやカザルスから絶賛された天才チェリストだったが、秘技を盗まれるのを恐れて自作を楽譜出版せず、弟子のワレフスカだけに演奏を許した。何れもチェロという楽器の持ち味を存分に発揮させた、メロディも美しい傑作揃いだ。バロックから現代まで幅広く選ばれた残りの11曲でも、ゆとりある技巧と朗々としたカンタービレを駆使して味わい深い演奏を聴かせてくれる。
intoxicate (C)板倉重雄
タワーレコード(vol.119(2015年12月10日発行号)掲載)