この作品は、トム・ハレルの長いキャリアの中でのマイル・ストーンといっていい内容になったといえそうです。
ひとつは、アンサンブルとしての成果。
『カラーズ・オブ・ドリームス』で、コード楽器であるピアノをはずし、カラフルなサウンドを実現したハレルですが、本作も同じくピアノレス編成で、2 管+ベース、ドラムで生み出せるオリジナルなサウンドを追求。
トム・ハレル自身、“このグループでは、個々人の音が対等に相互作用しあって、共鳴することで、新しい音をつくりたかった。ピアノや、ギターという楽器を加えるというのとは別の手法で”と、ライナー・ノーツで語っていますが、ハーモニーを規制しがちなコード楽器を入れることなく、構築したトム・ハレルのアレンジメントは実に秀逸。ある時はユニゾン、ある時はリフを絡み合わせ、キメの場面もきっちり創り・・しかし、その底辺には、音の重なりによって生まれるハーモニーへの計算も。その緻密さこそトム・ハレルの奇才たるところ。もちろん奇才の描く構想を表現できる面々を迎えてこそ実現できたといえますが、4人が和としての効果でなく、音を掛け合わせることによって出来るサウンドは、決定的にオリジナル!なのです。
カラーズ・オブ・ドリームス』のライナーでも、トム・ハレルが80年代後半からアンサンブルに精魂傾けて来た旨を原田氏が語っていましたが、本作はそうした意味において、カルテットという凝縮した編成にありながら、メンバーの相乗効果を生み出すことに成功。20 年以上に及ぶ探求が確実に結実したものといえましょう。
しかし、緻密なアンサンブルが一方にあって、自由な演奏がなされるというパラドックスにも、驚くこと必至です。
現代ジャズを追いかけるファンの方であれば、このM-2は、正に必聴!めくるめく高速のリフに、メンバー総勢スイッチが入った凄まじい演奏。数多いマーク・ターナーのバイ・プレイの中でもこのソロは5本の指に入る勢いが溢れたもの。続くトム・ハレルもいつになくバリバリのソロを展開。オケグオ~アダム・クルースのシナヤカかつ強靭なリズムにも背中を押され、組に組み・・この一曲だけでも、この作品は語られ続けられるに違いありません!
グループのスタートは2012年のイベント、The Festival of New Trumpet Music。そのオープニングで、セルバンテスの小説からインスパイアされた6つの小曲を組曲にしたものを披露したことが原点とのこと。本作は、その6編を含む12曲。
ライナー・ノーツは、あのデイブ・ダグラス。同じトランペッターとして、トム・ハレルからコメントを引き出し、分析する文章は、単なるトランペット奏者の先輩としてのみでない深いリスペクトも全面的に出ています。
演奏家として、コンポーザー、アレンジャーとして、音楽を追究するトム・ハレルの創造性。アーティストの叡智が結実した作品です。
発売・販売元 提供資料(2014/07/11)
ベテラン・トランペット奏者のトム・ハレルの2014年モデルの新ユニット『トリップ』名義での新録。ピアノレスでのアンサンブルの可能性を近年追求する彼の指向を反映させた新ユニットの目玉は、自身のリーダー・カルテットでも同じ編成で独自のサウンドを追求するマーク・ターナー(ts)。同じ編成でもECMでのマーク・ターナー盤とは異なる趣を堪能できる。チェット・ベイカーなど往年の名手達の影がにじみ出るトム・ハレルのリリカルなプレイに触発されるマーク・ターナーのプレイに加え、ウゴンナ・オケゴア(b)&アダム・クルーズ(ds)のタイトなスウィング感も絶妙。
intoxicate (C)稲田利之
タワーレコード(vol.111(2014年8月20日発行号)掲載)