1972年アテネ生まれの指揮者テオドール・クルレンツィスとそのアンサンブル、ムジカ・エテルナによるモーツァルトの「ダ・ポンテ・オペラ三部作」録音の第1弾「フィガロの結婚」の登場です。この録音は、ソニークラシカルと長期の専属契約を結んだクルレンツィスとムジカ・エテルナによる大きな録音プロジェクトの船出となる記念碑的な全曲盤です。
クルレンツィスとムジカ・エテルナは、ロシアのウラル山脈のふもとに位置するペルミ(ディアギレフの生まれ故郷でもあります)にあるペルミ国立歌劇場の音楽監督および座付きオーケストラですが、モスクワから1400キロも離れた僻地にもかかわらず、その音楽的な充実度はヨーロッパの一流歌劇場にも劣らないほどの名声を獲得しています。
クルレンツィスは今回の録音についてこう語っています。「モーツァルトの本質を体現した録音はこれまでにたくさん発売されています。今私たちが敢えて新しい録音を世に問うのは、モーツァルトの音楽が持っている魔法をこれまでに一度もないやり方でお聴きいただけると思うからです。工場での大量生産を思わせる音楽づくりがはびこっている現今、そうした妥協を完璧に排した時に何が生み出せるかを聴いていただきたいからです。私のモットーは、一回一回の演奏は生みの苦しみと同じであるべきだ、ということです。相応しい音楽が生まれ出ることを夢想し、魔法が起こるその時を待たねばなりません。音楽は職業ではないのです。それはミッションなのです。」この妥協を決して許さない音楽づくりは、今回の録音のあらゆる細部にも反映されています。クルレンツィスはこの「フィガロ」の録音にあたって、これまで約10年間にわたる研究と準備を続け、歌劇場は録音に当たって10日以上も日々の公演を休演し、録音も深夜にわたって全員が満足いくまで何度もリテイクが行われました。
ムジカ・エテルナのオーケストラは、ピリオド楽器もしくはそのコピーを使用していますが、いわゆるピリオド楽器演奏のドグマには全くとらわれていません。クルレンツィスいわく、「ガット弦、ナチュラル・ホルン、当時の木管楽器のレプリカ、通奏低音にはフォルテピアノを使っているのですが、それは歴史的な事実に近づきたいからではなく、作品のドラマを伝えるにあたって必要としている躍動感やスピードのある引き締まったサウンドがこれによって実現できるからなのです。」
バロック・オペラ界を牽引するソプラノ、ジモーネ・ケルメスをはじめとする歌手陣は各パートに合う歌い手をクルレンツィス自らが厳選したもので、歌唱スタイルやフレージング、ヴィブラートの使い方、そして装飾に至るまで細かく徹底させた究極の歌唱とアンサンブルを実現させています。クルレンツィスが指向するのは自然なフレージングを重視した「最もオペラ歌手らしくない歌唱」(クルレンツィスの言葉)です。
300ページの解説書にはトラックリスト、伊語/英語/独語/仏語の歌詞対訳に加え、クルレンツィスへのインタビュー、クルレンツィス、ペルミ国立歌劇場とムジカ・エテルナについてのエッセイ(英/独/仏)を掲載、読み物としてもこの録音の独自性を確認することができます。
ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2013/12/20)
<テオドール・クルレンツィス>
1972年にアテネ生まれ。サンクトペテルブルクでイリア・ムーシンに指揮と音楽学を学び、作曲当時の楽器と慣習による演奏を目指すため、2004年には彼の仲間とオーケストラと合唱団「ムジカ・エテルナ」をノヴォシビルスクで結成。2010年にペルミ国立歌劇場のポストを打診された時にクルレンツィスが出した条件は、「ムジカ・エテルナ」のアンサンブルをそのままノヴォシビルスクからペルミに連れていくことでした。それ以来、クルレンツィスとペルミ国立歌劇場は、ロシアで最も熱いオペラハウスとして大きな話題となっています。これまでパーセル「ディドーとエネアス」、モーツァルトのレクイエム、ショスタコーヴィチの交響曲第14番をアルファ・レーベルに録音し、ショスタコーヴィチはその鮮烈な切れ味鋭い演奏で、音楽之友社の2010年度第48回「レコード・アカデミー賞」を受賞しています。他の歌劇場やオーケストラへの客演は極力控えているクルレンツィスですが、2013年にはザルツブルク・モーツァルト週間でウィーン・フィル・デビューを飾り、2014年にはマドリッドで「トリスタン」の新演出を任されています。これまでパリ・オペラ座での「マクベス」、マドリッドでのストラヴィンスキー「ペルセフォーヌ」、ブレゲンツでのヴァインベルク「パッセンジャー(パサジェルカ)」の復活上演などのオペラ上演の映像作品もリリースされているほか、メルニコフの伴奏でマーラー・チェンバー・オーケストラを指揮したショスタコーヴィチのピアノ協奏曲2曲もリリースされています。
ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2013/12/20)
There are many splendid recordings of Mozart's Le nozze di Figaro that appeal to every taste, but there are relatively few that can be categorized as historically authentic, in the truest sense of the term. Of these, the 2014 Sony release by Teodor Currentzis and Musicaeterna may be the most thoroughly researched and carefully restored version available. Taking pains to consult original sources, and to use period instruments or modern replicas (including a fortepiano, a lute, and even a hurdy-gurdy), Currentzis creates a Classical sound that works brilliantly with the score as written and as Mozart intended, and makes the music as vivid and exciting as possible. Currentzis also has called for a historical approach to singing, and embellishments that were typical of Mozart's day are employed, as well as a more intimate delivery and purer vocal style with less vibrato. The cast may not feature international stars, but the artists are well-suited to Currentzis' goals of presenting Figaro in true period practice. Prominent in this production are Andrei Bondarenko as Count Almaviva, Simone Kermes as the Countess, Fanie Antonelou as Susanna, Mary-Ellen Nesi as Cherubino, and Christian van Horn as Figaro, who give their roles distinctive characterizations along with their impeccable vocal production. Sony's recording is rich in details and close enough to the musicians to give a front-row feeling. Le nozze di Figaro is presented on three CDs in a deluxe hardcover book that includes an interview with the conductor and the complete libretto in English, Italian, German, and French.
Rovi
ピリオド楽器によるオーケストラ、ムジカ・エテルナを率いたペルミ国立歌劇場での活躍をはじめ、今大注目のクルレンツィスのダ・ポンテ三部作の第一弾の登場です。完璧主義者のマエストロによる、曲を徹底的に研究つくした上での、録音に10日以上もかけたという力作。オペラのスタジオ録音自体、今時そうはないだけにレーベルの力の入れようも伝わって来ますね。見事に完成されたアンサンブルの美しさはここでも際立っています。
intoxicate (C)古川陽子
タワーレコード(vol.108(2014年2月20日発行号)掲載)