ミンコフスキの新録音はなんとオペラ二本立て!ご存知ワーグナーの「さまよえるオランダ人」の珍しい初期稿と、それと因縁のあるピエール=ルイ・ディーチュの「幽霊船」です。若き日のワーグナーはパリで成功を収めようとして果たせず、1842年にドレスデンで初演した「リエンツィ」が大成功、その成功によって「オランダ人」もドレスデンで初演されました。しかし「オランダ人」も本来はパリでの上演を期待して構想されたものでした。ワーグナーはオペラ座と交渉したものの、題材が買い取られただけで終わりました。この題材に他の素材を加味してポール・フシェとベネディクト=アンリ・レヴォワルが「幽霊船」の台本を作成、オペラ座の合唱指揮者を務めていたピエール=ルイ・ディーチュ(1808-1865)が作曲、1842年11月9日、オペラ座で初演されました。ワーグナーが自身の台本に作曲した「さまよえるオランダ人」が初演されたのはその僅か2ヶ月後の1843年1月2日のこと。先を越されたことにワーグナーはかなり腹を立てたそうです。こうした事情から「さまよえるオランダ人」に関連して「幽霊船」は必ず触れられるのに、音楽は長らく埋もれて、両者は比べることすら侭なりませんでした。ミンコフスキが二本立てで両作品を世に出すのは非常に意義深いことです。「オランダ人」は1841年の初期稿を用いています。通常演奏される楽譜はワーグナーの死後に総合的にまとめられたもので、今日では正統性に問題があるとみなされています。初期稿にもいくつかあり、1841年稿は初演前の段階のもの。舞台はスコットランドで、ダーラントでなくドナルト(ドナルド)、エリックでなくゲオルク(ジョージ)と人名が異なります。またゼンタのバラードが本来あるべき調性で、現行のような奇妙に下げられたものではありません。オーケストレーションにも多くの相違が。もちろんハープを用いた取って付けたような救済の音楽はありません。もっとも首尾一貫しているのがこの1841年稿の特徴です。
キングインターナショナル
発売・販売元 提供資料(2013/10/30)
「幽霊船」は、いかにも19世紀半ばのパリのオペラらしい娯楽性に富んでいます。ミンナは軽やかなコロラトゥーラを披露し、トロイルは逞しく力強いアリアを歌い、マグニュスは輝かしい最高音を出すなど、ワーグナーのような先進性こそないものの、とても楽しめる作品です。歌手はいずれも強力。「さまよえるオランダ人」では、タイトルロールに「あの」エフゲニー・ニキーチンという豪華さ。ゼンタのインゲラ・ブリンベリはスウェーデン、ストックホルムの生まれ。メッゾソプラノから2003年にソプラノに転向、現在は北欧を中心にトスカやサロメなどドラマティックなソプラノ役で活躍しています。近々ワーグナー・ソプラノとして国際的に活躍すること間違いなしでしょう。ドナルトのミカ・カレスはフィンランド、ライティラの生まれ。まだデビューして10年ほどの若いバスですが、よく響く低音で人気急上昇中です。ゲオルクのエリック・カトラーは、米国、アイオワの生まれ。すでにメトロポリタン歌劇場、ザルツブルク音楽祭、ベルリン国立歌劇場、モネ劇場など、国際的に活躍しています。「幽霊船」も負けていません。トロイルのラッセル・ブラウンは、トロント在住のカナダのバリトン。メトロポリタン歌劇場、スカラ座、ロイヤル・オペラハウスなどで活躍する人気の高いバリトンです。ミンナのサリー・マシューズは英国のソプラノ。バロックから古典派の音楽で活躍する一方、プーランクの「カルメル会修道女の対話」のブランシュなど近代ものも得意としています。マグニュスのベルナール・リシュテ(ベルナルト・リヒター)は、スイスのテノール。バロック音楽のテノールとして知られる他、モーツァルト・テノールとしても非常に人気が高く、2012年夏にはザルツブルク音楽祭でアーノンクールが指揮する「魔笛」のタミーノを歌っています。もちろんミンコフスキの指揮の生き生きした音楽が両作品にそれぞれ新たな命を吹き込んでいます。「さまよえるオランダ人」は若きワーグナーの冴えた音楽を取り戻し、「幽霊船」にはたっぷりと娯楽精神が盛り込まれ、どちらも非常に面白く聞けます。なお日本では両オペラの題名の関係が混乱しているので、整理しておきます。日本では「Hollanderには幽霊船という意味もある」という誤った俗説が広まってしまっていますが、Hollanderはあくまでオランダ人で、この言葉そのものに幽霊船という意味はありません(ちなみにドイツ語で幽霊船はGeisterschiff)。したがってワーグナーのオペラDerfliegendeHollanderは議論の余地なく「さまよえるオランダ人」を意味します。一方フランスでは、先に初演されたディーチュのオペラ「幽霊船LeVaisseaufantome」の題名が、ずっと後になって上演されたワーグナーのDerfliegendeHollanderに当てはめられ、今日に至るまで「幽霊船」と呼ばれています。しかしこれはあくまでフランス独自の呼び方で、DerfliegendeHollanderのフランス語訳が幽霊船LeVaisseaufantomeなわけではありません。さまよえるオランダ人はフランス語ではLeHollandaisvolantと言います。
キングインターナショナル
発売・販売元 提供資料(2013/10/30)
When Richard Wagner failed to have his one-act version of Der fliegende Hollander staged at the Paris Opera, the cash-strapped composer sold a synopsis of the plot, written in broken French. This was fashioned into a proper libretto, which was then set to music by Pierre-Louis Dietsch, who enjoyed 11 performances of Le Vasseau fantome before it was pulled from the repertoire in 1843. Ironically, Wagner's success with Der fliegende Hollander in Dresden happened shortly after that, and the expanded three-act version has remained an essential part of Wagner's canon. Yet for this Naive box set, Marc Minkowski and Les Musiciens du Louvre Grenoble perform Wagner's original score in a side-by-side match-up with Dietsch's piece, to draw interesting comparisons between the works and to place them in their time period. Certainly both composers fell under the sway of Donizetti and Meyerbeer, and Dietsch's music is charming, if mediocre, when compared with Wagner's highly original conception. There probably aren't many Dietsch aficionados around to snap up this set, though Wagner specialists will be keen to hear the seldom performed one-act Hollander, and the exceptional performances of both operas and the exceptional sound will be bonuses. However, most listeners should make a point of knowing the full version of Wagner's opera, and listen to this fascinating recording afterwards.
Rovi