1970年代よりソリストとして、また、名ヴァイオリニスト、ウラディーミル・スピヴァコフの伴奏者としても国際的な活躍を続け、1996年から2010年まで日本で教育者としても後進の指導に尽力したボリス・ベクテレフが挑むスクリャービンの難曲。自身もピアニストであった作曲家の、技巧的かつ高い芸術性を併せ持つ作品を、卓越した技術で聴かせます。 (C)RS
JMD(2013/02/27)
名手ベクテレフが挑むスクリャービンの難曲
1970年代よりソリストとして、また、名ヴァイオリニスト、ウラディーミル・スピヴァコフの伴奏者としても国際的な活躍を続け、1996年から2010年まで日本で教育者としても後進の指導に尽力したベクテレフ。
スクリャービンのピアノ作品をライフワークとする彼が今回挑むのは、難曲として知られる練習曲(全曲)の録音。自身もピアニストであった作曲家の、技巧的かつ高い芸術性を併せ持つ作品を、卓越した技術で聴かせます。もともと教会であった聖クローチェ美術館に鳴り響く銘器ファツィオーリの美しい響きをご堪能ください。
カメラータ・トウキョウ
発売・販売元 提供資料(2013/02/26)
<アーティスト・プロフィール>
●ボリス・ベクテレフ(ピアノ)
ベクテレフは音楽一家に生まれ、5歳で音楽を志し、モスクワのグネシン音楽院で教育を受け、卒業に際して功労賞を授与された。以後も研鑽を重ね、モスクワのチャイコフスキー音楽院ではJ.ミルシテイン氏に師事して優秀な成績で学位を修めた。
1970年、ソヴィエト・ピアニスト・コンクールで1位を受賞後、ソリストとして、またヴァイオリニストのウラディーミル・スピヴァコフをパートナーとしてコンサート活動を開始。旧ソ連をはじめ、ウィーンのコンツェルトハウス、ローマのアカデミア・サンタ・チェチーリア・ホール、ミラノのスカラ座、ニューヨークのカーネギー・ホール、日本をはじめとする各国の著名なコンサート・ホールで絶賛を浴びた。
レパートリーは、バッハやスカルラッティなどのバロックから古典派、ロマン派、フランス印象派を経て近代、現代にまで及ぶが、やはりその大部分を占めるのは母国ロシアの作曲家たちの作品である。またソロ活動に加えて、旧ソ連の多くのオーケストラやヴィルトゥオーゾ・オブ・モスクワなどの室内楽団、英国室内楽団、フランツ・リスト室内楽団(ハンガリー)、プラハ室内楽団(チェコ)などとも共演を重ねた。
1972年から1986年にかけてモスクワ音楽院で教鞭をとり、その間トゥール国際アカデミー(フランス)でも4年にわたり上級クラスを指導した。
1987年から1996年までイタリアに居を構え、その地でもやはりコンサート・ピアニストとして活動を続け、ヴァイオリニストのボリス・ベルキンやウート・ウーギ、フルート奏者のマクサンス・ラリューらと室内楽で共演する傍ら、多くのマスター・クラスで後進の育成に努めた。またヴァイオリニストのフェリーチェ・クサーノ、チェリストのスーザン・モーゼスと共に"トリオ・セザール・フランク"のメンバーとしてイタリア、アメリカでコンサートを行った。さらに現在も、数々の国際コンクールに常任審査員として招かれている。
コンサート活動と同様、彼のアルバムも大きな成功を収めている。ロシアのメロディア社およびイギリスEMI社からリリースされたアルバムでは、シューベルトのソナタ、プロコフィエフの稀曲("Thoughts""Things in themselves")などのソロに加え、前述のウラディーミル・スピヴァコフとも共演。1994年から2003年までイタリアのフェニックス・クラシックス社にてロシアおよびヨーロッパの音楽を収録し、6枚のアルバムとして発売されている。日本ではスクリャービンとメトネルのピアノ・ソナタやその他の重要な作品を収録したアルバムがカメラータからリリースされている。
1996年から2010年まで、ベクテレフは日本に住み、神戸女学院大学と武庫川女子大学で教授として指導にあたる傍ら、日本やその他諸外国の著名な演奏家らとリサイタルや室内楽などの演奏活動を行なった。 2011年からはイタリアに戻り、教育活動と演奏活動を続けると共に、引き続きスクリャービン作品の録音に取り組んでいる。
カメラータ・トウキョウ
発売・販売元 提供資料(2013/02/26)