ドビュッシー生誕150年記念 浜離宮朝日ホールで収録
ピアニストの樋口紀美子、満を持してのドビュッシー「12のエチュード」(練習曲)の録音です。
樋口紀美子は1974年に渡独、エッセン国立音楽大学、ベルリン芸術大学、ザールブリュッケン国立音楽大学で学んだあとベルリンを拠点に、ドイツ、スイス、イタリア各地で数多くのリサイタルを行う一方、ベルリン教会音楽大学などで教育分野でも活躍し、2007年8月に33年ぶりに帰国しました。
1977年にはイタリアのフィナーレ・リグレ国際ピアノ・コンクールで3位入賞、80年にはスイスのルガノ国際ピアノ・コンクール「スケルツォ特別賞」を受賞しています。
上記の経歴のように、30年以上にわたりドイツを中心に活躍してきた樋口ですが、意外にもドビュッシーを主要なレパートリーとしており、とりわけ最晩年の傑作「12のエチュード」を30年以上前からしばしば演奏会で取り上げてきました。
1989年11月9日、ベルリン・フィルハーモニー・カンマームジークでのデビュー・リサイタルで、エチュード全曲の演奏したまさにその日に東西を隔てる壁が崩れ、後半6曲を弾いた2006年の東京でのリサイタルがきっかけで、日本で新しく生活を始める決心するなど、彼女にとって特別な作品となっています。
ドビュッシーのピアノ音楽の集大成ともいえるこの曲集は、「音程へのこだわり」と「響きの追求」という彼の本質が12の曲に凝縮されています。単なる技術の鍛練の水準をはるかに超えた、高度な芸術性を演奏者に要求しており、演奏者は大いなる覚悟と集中力を求められます。
生誕150年のドビュッシー・イヤーに向けて、樋口はこの難曲の録音に集中して取り組んできました。録音会場は響きの良さで定評のある浜離宮朝日ホールを選び、事前リハーサルも同ホールで行うなど、万全の態勢で録音に臨みました。
録音会場は極上の響きで満たされ、ドビュッシーのピアニズムの極致ともいえる至高の境地を記したCDがここに誕生しました。
UNIVERSAL MUSIC/IMS
発売・販売元 提供資料(2012/09/13)
<アーティスト・プロフィール>
■樋口紀美子 Kimiko Higuchi, piano
6歳より母の手ほどきでピアノを始める。藤田晴子、田辺緑、岡部昌、永井進、神西敦子、K.ヘルヴィッヒ、H.E.リーベンザーム、G.アゴスティ、H.C.ステファンスカ、W.ブランケンハイム、D.ヴァルジの各氏に師事。1974年渡独。エッセン国立音楽大学、ベルリン芸術大学、ザールブリュッケン国立音楽大学演奏家コース卒業。
1977年、イタリアのフィナーレ・リグレ国際ピアノ・コンクールにて3位入賞。以来、ドイツ、スイス、イタリア各地で数多くのリサイタルを行う。80年スイスのルガノ国際ピアノコンクール「スケルツォ特別賞」。81年以来、一時帰国しては東京にて13回のリサイタルを開催。『音楽芸術』『音楽の友』『ムジカノーヴァ』『ショパン』各誌で高い評価を得る。85年東京交響楽団とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演。
93年10月にはマーラー《大地の歌》ピアノ版を邦人初演し、『音楽の友』のコンサート・ベストテンにノミネートされるなど、絶賛を博す。
1988年よりベルリンのフィルハーモニー、カンマームジークザールを中心に9回のリサイタル(アードラー主催)で成功を収め、ベルリン・ピアノ界の常連としての地位を確立した。93年の演奏会はベルリン最大有力紙『デア・ターゲス・シュピーゲル』の批評欄で「微笑む理性」と絶賛された。94年9月、イタリアのシチリア島におけるイブラ・グランプリ国際コンクールで、プロフェッショナル・ピアニスト部門入賞。97年リスト・プログラムでCDデビューし好評を博す。
ベルリン教会音楽大学ピアノ科講師、ベルリン市立音楽学校ピアノ科および室内楽科講師を歴任。ピティナ・ピアノコンペティション、ベルリン・スタインウェイ・ピアノコンクール審査員。05年よりドイツ音楽芸術家連盟ベルリン正会員。
2007年8月、33年のドイツ滞在を終えて帰国。2008年6月、浜離宮朝日ホールでの帰国記念リサイタルを機に、日本各地でコンクールの審査、講演・演奏活動を展開している。
UNIVERSAL MUSIC/IMS
発売・販売元 提供資料(2012/09/13)
ドビュッシー「12のエチュード」について
「12のエチュード」は、ドビュッシー最晩年の傑作のひとつです。1914年に第1次世界大戦が勃発、そのショックに追い打ちをかけるように、翌1915年3月には最愛の母と、妻のエンマの母親を相次いで亡くし、ドビュッシーは自身の病気も重なって作曲に手が付けられる状態ではありませんでした。しかし、7月に大西洋岸のプルーヴィルに保養のために移ったのと、デュラン社からショパンのエチュードなどのフランス版の校訂を依頼されたのがきっかけで創作意欲を取り戻し、2台のピアノのための「白と黒で」、3つのソナタ、そして「12のエチュード」を次々に発表しました。「12のエチュード」がショパンに献呈されたのは、こうしたドビュッシーの当時の状況が背景にあると考えられています。
12のエチュードは6曲ずつの2巻に分けられています。「5指のための、チェルニー氏にならって」、「3度のための」、「4度のための」、「6度のための」、「8度のための」、「8指のための」と名付けられた第1巻の6曲は、それぞれ指の訓練がめざされていますが、すでに第1曲でチェルニーが皮肉られているように、19世紀の楽天的な名技主義は退けられ、新しいピアニズムの確立がめざされています。ただしその背後には、4度や6度の平行進行の偏愛による、中世的な音響像の回想がある点も興味深いところです。
第2巻の6曲はそれぞれ、「半音階のための」、 「装飾音のための」、「反復音のための」、「対比させられる響きのための」、「組み合わされたアルペッジョのための」、「和音のための」と名付けられ、ドビュッシーならではの微妙な陰影を伴った高度な音響表現の実現がめざされています。このエチュードが、単なる技術の鍛練の水準をはるかに超え、高度な芸術性を要求し、みごとな演奏効果を生むゆえんがそこにはあります。
UNIVERSAL MUSIC/IMS
発売・販売元 提供資料(2012/09/13)