縁あってこの度、鈴木輪のニューアルバム『My Reverie』の紹介をする機会を得た。できる限り鈴木輪という歌手の魅力を伝えられたらと思う。彼女の魅了は何よりもその声にある。前作『Love,Love,Love』(2004)の頃は、少しハスキーでのびやかな声にほのかに甘い香りが感じられたが、ここではそれが艶やかさへと深まっている。「again」を聴いてみよう。心地よく響き渡るアコースティックギターの調べに乗って、しっとりとこの名曲を聴かせてくれる。同時にこの1曲からアルバム全体の趣向もうかがえる。そしてアルバムの選曲のセンスの良さもあげておきたい。 スモールコンボをバックにスローバラードと、時に軽快なミディアムテンポの曲に程良く歌い分けられている。前者に代表されるのが「Born to be blue」、「Every time we say good bye」(ハーモニカソロが美しい)であり、後者に属するのが「Blue skies」(ウッドベースがスウィング感を盛り上げる)、「Too close for comfort」である。テナーサックスのイントロで始まる「Lover man」、ギターとコンガに導かれて歌われる「So in love」の2曲は特に素晴らしい出来で深い余韻を残す。 彼女は常に原曲の持つ美しさを大切にしているように思う。その姿勢が、無用なフェイクや過度の感情移入を避けた自然で素直な歌唱へとつながる。それは一種の気品というべきものであって、1940年代から50年代の女性歌手達がもっとも輝いていた時代に持っていたものに通ずる。現代においては希少なものと思う。曲に戻ろう。「Que sera sera」はいうまでもなくドリス・デイのヒット曲だが、ウェールズ出身のポップシンガー、メリー・ホプキンの歌も忘れがたい。この歌を鈴木も明るくはぎれよく歌っている。ドリス・デイでおなじみのもう1曲「Tea for two」はここではギターだけをバックにしみじみと歌われる。特にヴァースからの入りが抜群にいい。「二人でお茶を」という曲だが、1人でスコッチを片手に」聴きたい。「My Reverie」は馴染みの薄い曲かもしれないが、ハリー・ジェイムズ楽団のバンドシンガーでもあったヘレン・フォレストによる可憐な歌声が残されている。ここでは、フルートの音色が鈴木の声に優しく寄り添う。「Red sails in the sunset」、これは私が彼女に歌ってほしかった曲。私がこの曲を初めて聴いたペリー・コモのレコード、そのライナーノートには「音に名高き名唱」とあった。あれから早や45年。鈴木のヴァージョンはゆったりとコンガのリズムがたゆたい、夕暮れの浜辺の情景を鮮やかに映し出して秀逸。 久しぶりのレコーディングであっても彼女の歌に気負いというものは少しも感じられない。むしろずっと歌い続けてきたライブ活動を通この間に彼女が積み重ねてきたものが自然に開花し、静かに流れ始めた。(松本光正:ライナーノーツより)
発売・販売元 提供資料(2011/07/06)