ケント・ナガノと彼が音楽監督を務めるモントリオール交響楽団によるベートーヴェン・プロジェクトの2作目。ナポレオンに献呈するべく書きあげた「英雄」交響曲を軸に、音楽的関連を持つ「プロメテウスの創造物」を加えるという、200年前に書かれたベートーヴェンの音楽が21世紀に持つ意味合いを強く意識した、こだわりのケントらしいカップリング。 (C)RS
JMD(2011/05/02)
これぞ、現代に生き続けるベートーヴェン
現在バイエルン国立歌劇場、モントリオール交響楽団の音楽監督を兼任し、世界で最も忙しく活躍する指揮者、ケント・ナガノのソニー・クラシカル第4作。
ソニー・クラシカルへのデビュー盤となった2008年発売の2枚組(ゲーテの戯曲「エグモント」を1990年代のルワンダ内戦に置き換えた「ザ・ジェネラル」と交響曲第5番「運命」をカップリング)に続く、ケント・ナガノと彼が音楽監督を務めるカナダのモントリオール交響楽団によるベートーヴェン・プロジェクトの2作目。オリジナル・アルバムのタイトルは「神、英雄と人間」。ナポレオン(英雄)に献呈するべく書きあげた傑作「英雄」交響曲を軸に、音楽的関連を持つ「プロメテウスの創造物」(ギリシャ神話に登場するプロメテウスは人間を創造したが、神の不興を買って永遠の責め苦にあう)の音楽を加えるというのも、200年前に書かれたベートーヴェンの音楽が21世紀に持つ意味合いを強く意識した、こだわりのケントらしいカップリング。
ソニー・ミュージック
発売・販売元 提供資料(2011/04/25)
ケント・ナガノとモントリオールと言えば、2008年4月の来日公演を思い出す。その時の曲目は《牧神の午後への前奏曲》、《海》、《トリスタンとイゾルデ~前奏曲と愛の死》、そして《アルプス交響曲》。何より感心したのが、その美しくカラフルな音色とハーモニーの美しさ、フォルティッシモでも常に明快で、全ての音が透けて見えるかのような透明感だ。また、常に余裕があるのでどれだけオケが鳴ろうとも全くうるさくないのである。ただし、これだけなら前任音楽監督、デュトワの時にも言えたことではある。ナガノは、そこにさらなるダイナミックさを付加させることに成功した、と思う。《アルプス交響曲》では、従来の彼らの実演やCDで中々聴いたことのないリズムの踏み込みと骨太な表現が聴けたのだが、このことは来日公演後に発売された『運命』や大地の歌でも確認できる。さて、そこで今回の彼らの新譜、ベートーヴェン・プロジェクト第2弾の『英雄』と『プロメテウスの創造物』抜粋。こう書いてピンと来るだろうが、プロメテウスの創造物の終曲のメロディが『英雄』終楽章の変奏曲の主題に転用されている。まあこれだけならちょっと気の利いた指揮者の考えそうなプログラム・ビルディングではある。ただし、それは表面的な繋がりであって、このCDのコンセプトは当初ナポレオン(人間的意志力の象徴)に捧げられた『英雄』交響曲、と、それと音楽的な関連を持つ『プロメテウスの創造物』──ギリシャ神話でのプロメテウスとは、天上の火を盗んで人類に与えたことで、ゼウスの不興を買いカウカソス山に鎖で繋がれる──を並列させ、今現在の人間の「神」(それはキリスト教的な神でもよいし、汎神論的なものでもよい)に対する謙虚さを問うている、と読める(筆者などは、傲慢な人間による完全な「人災」原発震災を想起するのだが、突飛だろうか?)。ナポレオン=プロメテウス<ゼウス?要は2011年におけるベートーヴェンのアクチュアリティ。ちなみに、当CDの副題が「GODS、HEROES AND MEN」。演奏について触れる余裕がなくなってしまったが、前作の『運命』以上に素晴らしい美演(この言葉を使いたくなる!)である。
intoxicate (C)藤原聡
タワーレコード(vol.92(2011年6月20日発行号)掲載)